日本企業は成熟経済と人口減少という二重の課題に直面しており、既存事業の成長余地が限界を迎えつつあります。その結果、新規事業開発は企業の持続的成長を左右する最重要テーマとなりました。しかし、統計によれば日本の新規事業の成功率はわずか7%にとどまり、多くが途中で頓挫しています。
この厳しい現実を打破するためには、単なるアイデアや戦略だけではなく、挑戦をやり抜くための強いマインドが不可欠です。社内起業家、すなわちイントラプレナーは、企業のリソースを活用しつつ新たな価値を生み出す存在です。彼らには、現状を疑い、社内外を巻き込み、抵抗を乗り越えながら変革を推進する精神的な強さが求められます。
本記事では、国内外のデータや事例を基に、イントラプレナーに必要なマインドセットの本質と、それを日々の行動に落とし込む実践的な方法を解説します。個人と組織の両面からアプローチすることで、読者が明日から行動に移せるヒントを提供します。
イントラプレナーとは誰か、なぜ今求められるのか

イントラプレナーの定義と役割
イントラプレナーとは、企業内で新しい事業やプロジェクトを立ち上げる社員を指し、社内起業家とも呼ばれます。彼らは既存の企業資源やブランド力を活用しながら、革新的なアイデアを事業として実現する役割を担います。独立起業家がゼロから資金調達や人材確保を行うのに対し、イントラプレナーは企業に所属したまま挑戦するため、資金や顧客基盤など豊富なリソースを活用できる点が大きな強みです。
加えて、イントラプレナーは単に新規事業を立ち上げるだけでなく、企業全体のイノベーション文化を促進し、組織変革の原動力となります。近年は社内での停滞を打破する存在として、経営層からも強く期待されるようになっています。
比較項目 | イントラプレナー | アントレプレナー |
---|---|---|
活動の基盤 | 企業に所属したまま挑戦 | 独立して事業を立ち上げ |
活用リソース | 企業の資金・人材・ブランド・顧客基盤 | 自己資金・外部資金調達・自力で人材確保 |
リスク | 評価リスクや組織摩擦リスクが中心 | 金銭的・キャリア的リスクが高い |
意思決定 | 経営層の承認が必要 | 自身の裁量で迅速に決定 |
このように、イントラプレナーは企業の資源を活用しつつ、社会課題解決や新しい市場開拓を担う存在であり、企業の未来を切り拓くキーパーソンといえます。
なぜ今、イントラプレナーが必要なのか
日本は少子高齢化と市場縮小の影響を受け、既存事業だけでは成長が困難な時代に突入しました。経済産業省のデータでも、国内市場の成長率は鈍化しており、企業は新規事業による売上比率を高めなければ中長期的な競争力を維持できません。
さらに、スタートアップや海外企業の参入により市場環境は急速に変化しています。こうした状況で企業が生き残るには、社内から変革を起こす人材=イントラプレナーの存在が不可欠です。特に大企業では、豊富な資源とネットワークを持ちながらも、意思決定の遅さやリスク回避姿勢が足かせとなることが多いため、内部から改革を進めるリーダーが求められます。
イントラプレナーが生み出す新規事業は、単なる収益源にとどまらず、組織に新しい風を吹き込み、社員の挑戦意欲を高める効果もあります。この相乗効果によって、企業は持続的な成長と競争優位性を確立することができます。
データで見る日本の新規事業成功率と課題
日本企業の新規事業成功率の現実
国内の調査では、日本企業の新規事業の成功率はわずか7%と報告されています。つまり、10件中9件以上は収益化に至らず、撤退や中止を余儀なくされています。さらに、大企業における「成功」の定義は厳格で、ROI(投資対効果)や市場シェアの獲得目標を達成できなければ、事業が存続していても失敗とみなされるケースがあります。
一方で、中小企業やスタートアップでは事業継続そのものが成功と評価されるため、この統計差が心理的なプレッシャーとしてイントラプレナーに重くのしかかります。高い基準と評価リスクの中で挑戦する強いメンタルが必要とされるゆえんです。
フェーズ別に見た主な失敗要因
新規事業が失敗する要因は、単なるアイデア不足ではなく、各フェーズでの組織的課題にあります。
- アイデア創出段階
顧客ニーズの深掘り不足、社内アイデア募集プロセスの欠如により、革新的な発想が生まれにくい - 計画段階
市場規模を過大評価、初期仮説に固執し柔軟性を欠く - 実行段階
人員や予算不足で兼務が多発、意思決定の遅延で市場参入のタイミングを逃す - 評価・撤退段階
撤退基準が不明確で損失を拡大、担当者が正当に評価されずモチベーション低下
フェーズ | 主な失敗要因 | 背景 |
---|---|---|
計画 | 顧客ニーズの深掘り不足 | 表面的調査にとどまり潜在需要を見誤る |
実行 | リソース不足・意思決定の遅さ | 兼務や承認プロセスの長期化 |
撤退 | 判断の先送り | 赤字拡大や市場撤退の遅れ |
失敗から学ぶために必要な視点
重要なのは、失敗を個人の責任にせず、組織全体で学びに変える仕組みを持つことです。海外企業では、失敗した事例を社内で共有し、次の挑戦に活かす文化が根付いています。日本企業も「失敗を許容し、学びとする文化」を築くことが、成功率向上の第一歩といえるでしょう。
また、早期に仮説検証を繰り返し、顧客ニーズに合致するプロダクトやサービスを見極めるリーンスタートアップの考え方が有効です。これにより、無駄な投資を避け、迅速に軌道修正することが可能になります。
社内起業家に必須のマインドセット

成長マインドセットと挑戦への姿勢
社内起業家がまず身につけるべきは、成長マインドセットです。これは心理学者キャロル・ドゥエック氏が提唱した概念で、「能力は努力と学習によって伸ばせる」と信じる考え方を指します。固定マインドセットを持つ人は失敗を恐れ、挑戦を避ける傾向がありますが、成長マインドセットを持つ人は失敗を学びの機会と捉え、次の挑戦へ活かします。
日本の大企業では失敗がキャリアリスクと直結するため、挑戦を避ける文化が根強く残っています。しかし、イノベーションの世界では試行錯誤が不可欠です。海外の研究によれば、成長マインドセットを持つチームは新しいアイデアを積極的に提案し、成果を出す確率が高いとされています。挑戦を恐れず、学び続ける姿勢がイントラプレナーの出発点となります。
レジリエンスと精神的柔軟性
次に重要なのがレジリエンス、すなわち逆境を乗り越える力です。新規事業は不確実性が高く、計画通りに進むことはほとんどありません。VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代においては、予期せぬ課題や失敗から素早く立ち直る能力が求められます。
レジリエンスは単なる精神論ではなく、心理学的に裏付けられたスキルです。たとえば、現実的楽観性を持つことで困難を過大評価せず冷静に対処でき、マインドフルネスやリフレーミングを活用することで状況を多角的に捉えられるようになります。失敗の経験を成長の糧に変えることができる人材こそが、長期的に成果を出し続けるイントラプレナーと言えるでしょう。
自己効力感を高める小さな成功体験
自己効力感とは「自分ならできる」という感覚のことで、行動の原動力となります。これを高めるためには、小さな成功体験を積み重ねることが有効です。最初から大きな成果を狙うのではなく、1か月以内に解決できる小さな課題に取り組み、確実に達成することで自信が育まれます。
また、似た立場の先輩や同僚が挑戦に成功した事例を知ることも有効です。社内報や勉強会で成功ストーリーを共有することで、「自分にもできる」という感覚が芽生え、行動が加速します。
現状を疑い行動する力:当事者意識と覚悟
既存のルールを疑う勇気
イントラプレナーには、現状をそのまま受け入れず「なぜこのやり方なのか」と疑問を投げかける勇気が求められます。多くのイノベーションは既存の前提を疑うことから生まれます。社内規定や業務プロセスの中に非効率や改善余地がないかを見つける視点が必要です。
例えば、NTTドコモの山本将裕氏は、既存事業の枠を超えたサービスを提案する際、社内の抵抗に直面しましたが、「クビになる覚悟」で提案を続け、最終的に社内ベンチャーとして承認されました。このような覚悟ある行動が組織を動かし、仲間を巻き込む原動力となります。
当事者意識と行動の継続
現状を変えるには、単なる問題提起だけでなく、自ら解決に動く当事者意識が不可欠です。小さな行動を継続することで、周囲の協力者が徐々に増えていきます。地道にアイデアを検証し続ける姿勢は、やがて上層部の理解を得て、正式なプロジェクトとして動き出すきっかけになります。
- 自ら改善案を作成し提案する
- 社内外の関係者を巻き込んで小規模な実験を実施する
- 成果を可視化し、周囲に共有する
このような行動の積み重ねが、組織文化を変革する第一歩になります。現状を疑う勇気と当事者として動く覚悟を持つことが、イントラプレナーとして成功するための鍵です。
マインドセットを育む組織文化と日本特有の壁

日本と欧米の文化的違いがイノベーションに与える影響
イントラプレナーのマインドセットは個人の努力だけではなく、組織文化によって大きく左右されます。特に日本企業と欧米企業の文化差は、新規事業開発のスピードや成功率に影響します。
比較項目 | 日本企業 | 欧米企業(シリコンバレーなど) |
---|---|---|
意思決定スピード | 階層を経て慎重に判断、時間がかかる | 権限委譲が進み迅速に意思決定 |
評価基準 | プロセス重視、結果より努力を評価 | ROIや結果を厳格に評価 |
リスク許容度 | 失敗を避ける傾向が強い | 50〜70%の確率でも挑戦を称賛 |
人材流動性 | 終身雇用中心、転職は少ない | 転職・コラボ活発、知見が循環 |
日本企業は「失敗を許容しない文化」が根強く、挑戦が生まれにくい傾向があります。一方、シリコンバレーでは失敗が次の成功への学びとされ、挑戦そのものが評価されます。この文化の違いが、日本企業の新規事業の成功率を押し下げる要因の一つと指摘されています。
組織内部に潜む「内なる壁」とその解消策
日本企業では新規事業を進める際に、次のような「内なる壁」が障害となります。
- 失敗を恐れる空気:既存事業への影響を懸念し、新しい試みを阻む
- 経営層の理解不足:十分なリソース配分や意思決定支援が行われない
- 既存事業部門との対立:人員や予算の取り合いが発生
これらを克服するには、経営層が新規事業の意義を明確に発信し、失敗を学びに変える文化を醸成する必要があります。さらに、新規事業チームに権限委譲を行い、ベンチャーのように機動的に動ける体制を整えることで、現場のスピード感を損なわずに進められます。
外部の客員起業家制度やコンサルタントを活用するのも有効です。既存の社内常識にとらわれない発想を取り入れることで、組織の硬直化を防ぎ、イノベーションが生まれやすい環境を構築できます。
実践アクションプラン:今日から始める3ステップ
小さな成功体験の積み重ね
強いマインドセットは日常的な行動から育まれます。まずは小さな成功体験を積み重ねることが重要です。例えば「1か月以内に既存業務の改善案を3つ出す」「新しいツールをチームで試す」など、短期間で達成可能な目標を設定しましょう。達成感が自己効力感を高め、次の挑戦への意欲を生みます。
社内外ネットワークの構築と越境活動
イントラプレナーは視野を広げることで新しい発想を得ます。社内の異なる部署との交流会に参加したり、外部コミュニティに加わることで多様な視点を取り入れることができます。特に、異業種交流やスタートアップとの協業は、自社の課題を俯瞰して捉えるきっかけになります。
- 社内ボランティアや横断プロジェクトへの参加
- 業界外イベントや勉強会への参加
- メンターやロールモデルとの定期的な対話
迅速なプロトタイピングと仮説検証
完璧な計画を立てる前に、小さく作って試す「リーンスタートアップ」の考え方が効果的です。パナソニックなどの大企業でも段ボール模型など簡易な試作品を活用して顧客検証を行い、短期間で事業化可否を判断しています。
迅速に作り、素早く検証し、学びを次に活かすサイクルを回すことが、成功率を高める最大の鍵です。時間やコストのロスを抑えつつ、マーケットフィットを見極めることができます。
この3ステップを実践することで、イントラプレナーとしての自信が高まり、組織内でも挑戦を応援する空気をつくることができます。
組織が行うべき支援と環境整備
経営層のコミットメントと権限委譲
イントラプレナーが活躍するためには、経営層の明確なコミットメントが欠かせません。新規事業は短期的な利益貢献が見えにくく、社内で軽視されがちです。経営トップが新規事業の意義を繰り返し発信することで、組織全体の認識を統一し、挑戦を称賛する文化が生まれます。
さらに、新規事業チームに一定の権限を委譲することで、迅速な意思決定が可能になります。海外企業では予算や人員の決裁権を持った「コーポレートベンチャー部門」を設置し、現場主導でプロジェクトを推進する例が増えています。承認プロセスの短縮と自由度の確保が、新規事業のスピード感を維持する鍵です。
失敗を共有する仕組みと心理的安全性
失敗を個人の責任とせず、学びとして組織に還元する仕組みが重要です。失敗事例を共有する社内勉強会やナレッジデータベースを設置すれば、同じ過ちを繰り返さずに済みます。Googleの研究によると、心理的安全性が高いチームはそうでないチームに比べて成果が大きいとされています。
- 失敗事例を定期的に共有する「学びの場」を設ける
- 挑戦した人を評価するインセンティブ制度を導入する
- ネガティブなフィードバックを建設的な提案に変える文化を育てる
挑戦が歓迎される安全な環境を整えることで、社員はリスクを恐れず行動できるようになります。
外部協業・アクセラレータープログラムの活用
社内リソースだけに頼らず、外部の知見を積極的に取り入れることも有効です。多くの大企業がアクセラレータープログラムを導入し、スタートアップと協業することで最新の技術やアイデアを社内に取り込んでいます。KDDIやJR東日本、富士通などは外部スタートアップとの共創を進め、事業化のスピードを加速させています。
また、客員起業家制度(EIR)を活用し、外部の起業経験者を一定期間受け入れることで、社内のイノベーション能力を底上げする取り組みも広がっています。外部視点を取り入れることで、既存の常識にとらわれない発想が生まれやすくなります。
人材育成と継続的な学びの場
新規事業人材を育成するためには、単発の研修だけではなく、継続的に学べる場を整備する必要があります。丸井グループやトヨタなどが実施するイントラプレナー育成プログラムでは、異業種の仲間と交流しながら事業案をブラッシュアップするプロセスが導入されています。
このようなプログラムにより、参加者は実践的なスキルを身につけるだけでなく、同じ志を持つ仲間とのネットワークを構築できます。人材育成と組織支援の両輪がそろって初めて、イントラプレナーは本来の力を発揮できるのです。