日本企業が直面する最大の課題の一つが、国内市場の縮小とグローバル競争の激化です。人口減少が加速する中で、企業が持続的に成長していくためには、海外市場を見据えた新規事業開発が欠かせません。ところが、実際に海外で成果を上げられる人材は依然として限られています。

その背景には、語学力中心の人材評価や、失敗を許容しない組織文化といった構造的な課題があります。今、企業に求められているのは「英語が話せる人材」ではなく、「不確実性を楽しみ、異文化と協働しながら新しい価値を創造できる人材」です。

グローバル新規事業を牽引する人材には、レジリエンス、巻き込み力、そして未来を描く構想力といった行動特性が不可欠です。これらの能力は、一朝一夕で身につくものではなく、戦略的な育成設計と組織的支援があってこそ開花します。

本記事では、最新の調査データとエビデンスに基づき、グローバル新規事業を成功に導くための人材要件、育成戦略、そして企業が取り組むべき組織改革の方向性を体系的に解説します。

グローバル化の波に直面する日本企業:新規事業人材の再定義

日本企業は今、かつてない規模の構造転換を迫られています。人口減少と国内市場の成熟化により、国内需要に依存したビジネスモデルは限界を迎え、海外市場への展開が企業の生存戦略として避けられなくなっています。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、日本の総人口は2048年には9,900万人、2060年には8,600万人台まで減少すると見込まれており、企業は事業拡大の舞台を国内から国外へ移す必要に迫られています。

しかし、多くの日本企業では、依然として「海外事業=語学力と駐在経験」といった旧来型の人材像が根強く残っています。実際のグローバル新規事業では、語学力よりも「不確実性に適応できる思考力」や「異文化と協働して成果を出す力」が問われます。新興国を含む市場環境では、想定外のトラブルや計画の変更が日常的に起こり、マニュアル通りの対応では立ち行きません。

こうした状況下で必要とされるのは、現場で即応し、未知の環境で学び続ける人材です。グローバル人材とは、単に外国語を話す人ではなく、日本の文化的価値観を基盤に持ちながら、他者の価値観を受け入れ、多様な意見を融合して新しい価値を創造できる人です。総務省もこの観点から、グローバル人材を「日本人としてのアイデンティティを持ち、異文化を理解しながら主体的に行動できる人材」と定義しています。

この定義は、これまでの「海外駐在=グローバル人材」という発想を超え、日本発の価値を世界に展開するためのリーダー像を示しています。語学から行動特性(コンピテンシー)へと評価軸を転換することが、グローバル新規事業を成功に導く第一歩となります。

日本企業が世界で勝つためには、単に人材を派遣するのではなく、「挑戦できる環境」を整え、失敗を成長の糧にできる文化を育てる必要があります。これが、新時代のグローバル人材戦略の出発点です。

グローバル展開に求められる人材要件:多様性とDXが生む新しい競争力

グローバル新規事業において、人材の多様性とデジタル活用力は、もはや戦略的な前提条件となっています。ESG投資や人的資本経営の潮流の中で、企業価値を高める要素として「多様性(ダイバーシティ)」への取り組みが重視され、経営層が直接関与するケースも増えています。

多様性とは、単に性別や国籍の違いを指すものではありません。異なる文化・宗教・価値観・発想を持つ人々が協働し、異質な視点からイノベーションを生み出す力を意味します。新規事業開発は未知の市場で機会を発見する活動であり、多様な背景を持つメンバーが関わるほど、発想の幅が広がり、顧客インサイトの深掘りが可能になります。

特に注目すべきは、DX(デジタルトランスフォーメーション)との親和性です。DXの進展により、データ分析やオンライン協働がグローバル事業の基盤となりました。国境を越えてリアルタイムにデータを共有し、遠隔地のチームと協働する能力が、リーダーに必須のスキルとなっています。

グローバル人材に求められる主要スキル領域

スキル領域具体的能力新規事業への影響
多様性統合力異文化理解・包容力・対立調整力異なる文化背景を持つチームを統合し、創造的な解決策を導く
デジタルリテラシーデータ分析・AI/ITツール活用力リアルタイムでの意思決定や顧客分析を可能にする
行動特性(コンピテンシー)柔軟性・レジリエンス・巻き込み力変化や失敗に強く、迅速に方向転換できる推進力を発揮する

経済産業省の調査によれば、DXを推進する企業のうち約76%が「デジタル活用と多様な人材構成の組み合わせが競争優位を生む」と回答しています。これは、テクノロジー単体ではなく、それを活かす多様な人材の存在がイノベーションの源泉であることを示しています。

つまり、グローバル新規事業を成功させる鍵は、「技術×多様性×柔軟性」の三位一体モデルにあります。日本企業が今後取り組むべきは、多様なバックグラウンドを持つ人材が力を発揮できる環境づくりと、DXを活用した遠隔マネジメント能力の育成です。これにより、国境や文化を越えた共創型イノベーションが実現し、日本発の新規事業が世界で通用する土壌が整います。

成功する推進者のマインドセット:失敗を糧に変えるレジリエンスと突破力

グローバル新規事業の推進者に最も求められるのは、失敗を恐れず挑戦を続けるマインドセットです。特に、失敗を学びに変え、再挑戦へと転換できる「レジリエンス(精神的回復力)」は、世界的にも成功企業の共通項として注目されています。スタンフォード大学の研究によれば、レジリエンスの高いリーダーは、失敗経験の少ないリーダーに比べて新規事業成功率が1.7倍高いという結果が示されています。

日本企業は、慎重な計画とリスク回避を重んじる文化が根強い一方で、グローバル新規事業ではスピードと柔軟性が重視されます。つまり、「完全な準備」よりも、「早い実行と軌道修正」が価値を持つのです。推進者に求められるのは、失敗を個人の責任ではなく、組織の学習機会として再定義できる姿勢です。

このマインドセットを持つ人材は、失敗時に「なぜうまくいかなかったのか」「次にどう活かせるか」を自ら分析し、他者と共有します。組織心理学の観点からも、これを「意味づけの力」と呼び、グローバル企業のリーダー育成において重視されています。

Googleのプロジェクト・アリストテレスでも、チームが高い成果を出す鍵として「心理的安全性」が指摘されており、リーダー自身が失敗をオープンに語れることが、チームの挑戦意欲を高めると報告されています。

さらに、レジリエンスと並び重要なのが「突破力」です。グローバル新規事業の現場では、法規制、文化的摩擦、資金制約など、多様な障壁が存在します。これを乗り越えるリーダーには、他責ではなく「自分がどう動くか」という強い責任感が不可欠です。米国のハーバード・ビジネス・レビューによると、困難な状況を前に「自分の力で道を切り開く意識」を持つリーダーは、事業存続率が20%以上高いとされています。

つまり、グローバル新規事業を牽引する推進者にとって最も重要な資質は、スキルよりも「精神的筋力」です。レジリエンスと突破力を兼ね備えた人材こそが、混沌とした環境の中で新たなチャンスを掴み取る真のリーダーといえます。

推進者に求められるマインドセットの主要要素

要素内容新規事業への効果
レジリエンス失敗を成長の糧に変える力継続的な挑戦と学習を促進する
意味づけ力困難を「目的の達成過程」として再定義チームの士気と主体性を維持
突破力障壁を自力で打開する姿勢組織内外の抵抗を超えて実行を推進

グローバルで成功する日本企業のリーダーには、結果だけでなく「失敗からの回復力」を評価する文化が根づいています。新規事業における失敗は終わりではなく、学びの始まりなのです。

コンピテンシーの核心:巻き込み力・柔軟性・構想力の三本柱

不確実な環境で成果を出すリーダーには、スキルや経験以上に「行動特性(コンピテンシー)」が求められます。その中でも特に重要なのが、「巻き込み力」「柔軟性」「構想力」という三つの柱です。これらは、グローバル新規事業を進めるうえでの“行動の軸”として機能します。

まず「巻き込み力」とは、異なる立場や文化背景を持つ人々を動かし、協働関係を築く能力です。グローバル新規事業では、本社と現地法人、パートナー企業、投資家など、利害関係が交錯します。その中で信頼関係を構築できるリーダーは、対立を調整しながら新しい価値を共創する調整者として機能します。実際、マッキンゼーの調査では「高い巻き込み力を持つリーダーのチームは、イノベーション実現率が2.4倍高い」と報告されています。

次に「柔軟性」。新規事業は計画通りに進まないことが前提であり、方向転換を恐れず変化に対応する力が不可欠です。ハーバード大学の研究によると、変化を受け入れ、仮説を素早く修正できるチームは、硬直的なチームよりも成果創出までの期間が平均30%短縮されるといいます。柔軟性とは「方針を変えること」ではなく、「目的を見失わず、最適なルートを選び直す力」です。

最後に「構想力」。これは、現状を分析しながら未来の市場機会を具体的に描く能力です。特にグローバル市場では、現地の文化や規制を理解しつつ、日本企業としての強みをどう活かすかを考える力が問われます。構想力は、ビジョンを描くだけでなく、実行可能な戦略に落とし込む現実的思考を伴います。

これら三つの要素は、個々に独立しているのではなく、相互に補完し合う関係にあります。柔軟性が高い人ほど多様な関係者を巻き込みやすく、構想力のある人ほど組織を前進させる推進力を発揮します。

グローバル推進者に求められる三大コンピテンシー

コンピテンシー具体的行動成果への影響
巻き込み力利害が異なる関係者を統合し協働を促す異文化チームの統率とアライアンス形成
柔軟性計画変更を恐れず最適なルートを模索不確実環境での意思決定精度を向上
構想力現状を分析し未来の事業ビジョンを描く新市場の開拓と事業拡張を実現

グローバル新規事業で成果を上げるリーダーは、知識や経験の多寡ではなく、状況に応じて思考と行動を変化させる柔軟性、そして周囲を巻き込みながら未来を形にする構想力を備えています。これらの行動特性が、変化の激しい時代における競争優位を生み出す真の源泉なのです。

異文化リーダーシップの実践:心理的安全性と信頼構築のマネジメント

グローバル新規事業の現場では、多様な文化・宗教・価値観を持つ人々が協働します。そのため、リーダーには単なる指揮命令ではなく、異文化間で信頼を築き、メンバーが安心して意見を交わせる環境を整える「心理的安全性」のマネジメントが求められます。

ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授による研究では、心理的安全性が高いチームはイノベーション発生率が2倍、パフォーマンスが1.5倍高いという結果が示されています。特に、意見の異なるメンバーが自由に発言できる環境をつくることが、グローバル事業の創造性を高める鍵になります。

異文化環境では、「沈黙=同意」とは限りません。日本企業のように上下関係や和を重んじる文化では、意見を控える傾向が強い一方、欧米や新興国では自己主張が当然とされる場合もあります。リーダーには、文化的背景の違いを理解した上で、多様な意見を歓迎し、対立を建設的な議論へ導く力が不可欠です。

心理的安全性を高める3つのリーダー行動

行動内容効果
1. 傾聴姿勢を示す相手の意見を遮らず、質問を交えて理解を深めるメンバーの安心感と発言意欲を高める
2. 失敗を共有する自身の失敗を語り、学びに変える文化をつくるチーム全体の挑戦意欲が向上する
3. 多様な価値観を可視化チームの文化的背景を共有し合う機会を設ける相互理解と尊重が深まり、摩擦を減らす

また、グローバルチームにおいては「リーダー=カリスマ」ではなく、「ファシリテーター(調整者)」としての資質が求められます。権威で動かすのではなく、共通の目的を示し、メンバーの意欲を引き出すリーダーこそが成果を生み出します。

異文化リーダーシップとは、異なる価値観を排除せずに融合し、そこから新しい発想を生み出す力です。多様性を“摩擦”ではなく“創造の源”に変えることが、グローバル新規事業の推進における最重要スキルと言えるでしょう。

グローバル人材育成の実践フレーム:70:20:10モデルとストレッチアサインメント

グローバル新規事業を担う人材を育成するには、単なる研修ではなく、実践を通じて学ばせる「経験学習」が鍵となります。企業の人材開発で広く活用されている70:20:10モデルでは、成果を生む学習の比率を「経験70%:指導20%:座学10%」と定義しています。

このモデルに基づくと、海外での新規事業立ち上げや異文化チームとの協働など、実際に困難な環境で挑戦する“ストレッチアサインメント”が人材成長の中心になります。特に、「失敗を通じて学ぶこと」こそが真の成長を促すと多くのグローバル企業は位置づけています。

グローバル人材育成の学習フェーズ

フェーズ目的主な活動
座学(10%)マインドセットと基礎知識の獲得DX・異文化理解・データリテラシー研修など
指導(20%)経験者からの助言と実践サポートメンター制度、海外プロジェクト伴走
経験(70%)現場での挑戦による行動特性の強化新規事業立ち上げ、海外駐在、M&A後のPMI

特に「経験70%」においては、本人の限界を超える環境(ストレッチアサインメント)が重要です。例えば、現地パートナーとの交渉、法規制への対応、異文化メンバーの統率など、予測不能な課題に直面することでレジリエンスや突破力が磨かれるのです。

また、メンター制度の導入は「挑戦と内省のサイクル」を支える役割を果たします。社外のグローバル経験者をメンターに迎えることで、現場の悩みや意思決定の壁を乗り越える支援が可能になります。

加えて、学習効果を最大化するためには、座学段階でDXスキルを基礎として身につけておくことも欠かせません。ビッグデータ分析やデジタルツールを扱う力は、現場での意思決定を支える基盤となります。

グローバル新規事業人材の育成は、知識習得よりも「行動変容」を重視することが重要です。日本企業がこの考え方を導入することで、不確実な環境でも自律的に行動できるリーダーを持続的に輩出できるようになります。

挑戦を恐れず学び続ける文化が根づいたとき、グローバル新規事業は単なる海外展開ではなく、組織全体の成長エンジンへと進化します。

組織改革の鍵:評価制度と権限移譲が生む“挑戦できる文化”

グローバル新規事業を成功させるためには、優秀な人材を採用するだけでは不十分です。組織自体が挑戦を後押しする構造へと進化する必要があります。その中でも特に重要なのが、「評価制度」と「権限移譲」の仕組みです。これらは人材の意欲と行動特性を左右し、挑戦を促す文化の基盤となります。

従来の日本企業では、年功序列や失敗へのペナルティが根強く、結果よりもプロセスを重視する傾向がありました。しかし、新規事業開発においては、この仕組みがリスク回避型の行動を助長し、イノベーションを阻害する要因になっています。経済産業省の「人的資本経営に関する調査(2024)」によると、挑戦や失敗を評価に反映させている企業は全体のわずか14%にとどまっています。

これに対して、成功しているグローバル企業では、失敗を「学習成果」として定義し、プロセスを定量的に評価する仕組みを導入しています。たとえばGoogleのOKR(Objectives and Key Results)制度では、目標達成率が60〜70%であっても高評価となる場合があります。これは、挑戦的な目標に取り組んだ「行動の質」を重視しているためです。

新規事業に適した評価項目の具体例

評価領域内容期待される行動
学習意欲失敗から得た教訓をチームで共有しているか改善策を提案し、再挑戦を行う
柔軟性外部環境の変化に応じて戦略を修正できるか固定観念にとらわれず意思決定を変える
巻き込み力異なる立場の関係者を動かせるか社外パートナーや他部署との協働を促進する

このように、「結果」よりも「学びと適応力」を評価軸に組み込むことが、挑戦を促す文化を育む第一歩となります。

一方で、評価制度の変革を成功させるには「権限移譲」が不可欠です。グローバル新規事業では、現地市場の情報を最も把握しているのは現場であり、本社の過剰な承認プロセスは意思決定の遅延を招きます。実際、海外子会社の意思決定権を拡大した企業は、そうでない企業に比べて市場投入までのスピードが平均35%短縮されたというデータがあります。

権限移譲を機能させる3つの条件

  • ミッションと責任範囲を明確に設定する
  • 現場に必要なリソースと予算を委譲する
  • 成果に対して透明性のある報告ルールを設ける

このような制度設計によって、推進者は「自ら決め、結果に責任を持つ」という覚悟を持つようになります。権限が与えられることで、リーダーシップと主体性が自然と引き出されるのです。

さらに、挑戦を支える文化を定着させるためには、経営層自らが「失敗を許容するメッセージ」を発信し続けることが重要です。トヨタや日立など、近年グローバル展開に成功している企業では、経営陣が社員の挑戦を公に称賛する「チャレンジアワード」制度を設けています。

グローバル新規事業における最大の成功要因は、個人の能力ではなく「挑戦を称える文化の有無」です。評価制度と権限移譲を両輪として機能させることで、社員は安心して新たな市場に挑戦でき、組織全体が変化に強い“学習する企業”へと進化していきます。