新規事業開発の世界は華やかに見える一方で、厳しい現実を抱えています。調査データによれば、日本企業の新規事業成功率はわずか7%に過ぎず、実に93%が失敗に終わるとされています。この数字は、新規事業に挑む担当者にとって避けて通れない現実であり、同時に「挑戦を楽しむメンタリティ」を持つことの重要性を示しています。
ユニクロの柳井正氏が掲げる「一勝九敗」の哲学は、この厳しい状況を乗り越える象徴的な考え方です。失敗を恐れるのではなく、挑戦そのものを価値ある経験と捉え、次の挑戦に活かす姿勢が求められます。スタンフォード大学のドゥエック教授が提唱した「グロースマインドセット」や、心理学研究で注目される「レジリエンス(精神的回復力)」といった科学的知見は、このメンタリティを裏付ける有力な根拠となっています。
本記事では、挑戦を楽しむメンタリティを軸に、新規事業の現実を科学・事例・実践の3つの視点から解き明かします。個人が困難を乗り越える行動指針、組織文化や人事制度が果たす役割、さらに日米文化比較や日本の政策動向までを網羅し、読者が新規事業の荒波を進むための羅針盤を提示します。
成功確率7%の現実を直視する:なぜ新規事業は失敗するのか

新規事業開発に挑む企業や個人が直面する最初の壁は、成功率がわずか7%しかないという厳しい現実です。これは国内外の複数の調査で示されており、日本企業の多くが新規事業で失敗していることを裏付けています。この低い成功率は単なる偶然ではなく、構造的な要因が存在します。
主な要因として以下の3つが挙げられます。
- 経験不足:多くの企業では新規事業開発のノウハウが蓄積されておらず、過去の成功・失敗の学びが次に活かされにくい
- 組織文化:失敗を許容しない文化が根強く、挑戦よりも安定を優先する傾向が強い
- プロセスの未整備:市場調査や仮説検証のプロセスが十分に機能していないため、早期にリスクを把握できず失敗につながる
表:新規事業が失敗する主な要因
要因 | 内容 |
---|---|
経験不足 | 新規事業に取り組んだ実績やナレッジの不足 |
組織文化 | 失敗を避ける傾向が強く、挑戦が抑制される |
プロセス欠如 | 市場調査や検証が不十分でリスクが顕在化 |
ユニクロの柳井正氏は著書『一勝九敗』で「成功とは失敗の裏返しである」と語っています。この哲学は、失敗を前提に行動を重ねる姿勢の重要性を端的に表しています。実際に、リクルートやDeNAといった企業も「打席に立ち続ける」ことを重視し、数多くの失敗を経て成功を積み上げてきました。
この現実を直視することは、新規事業の挑戦者にとって避けられない出発点です。成功の裏に隠れる失敗の数々を理解することで、挑戦を恐れるのではなく、むしろ学びの機会として積極的に捉えるマインドが養われます。
グロースマインドセットとレジリエンスが挑戦を支える科学的基盤
新規事業の成功を左右する大きな要素がグロースマインドセットとレジリエンスです。スタンフォード大学のキャロル・S・ドゥエック教授が提唱したグロースマインドセットは「能力は努力と学習によって伸ばせる」と考える思考様式であり、挑戦を楽しむメンタリティの根幹を成します。
一方で、困難や逆境に直面した際に必要となるのがレジリエンス(精神的回復力)です。心理学研究では、逆境を経験した人が以前より成長する現象を「心的外傷後成長(PTG)」と呼びます。これは、単なる立ち直りではなく、困難を糧に人間的にもビジネス的にも一段上の成長を遂げることを意味します。
表:グロースマインドセットと硬直マインドセットの比較
観点 | グロースマインドセット | 硬直マインドセット |
---|---|---|
挑戦 | 新しい課題を歓迎 | 安全策を優先 |
失敗 | 学びの機会と捉える | 能力の限界と見なす |
努力 | 成長の必須要素 | 無駄な苦労と感じる |
フィードバック | 改善の材料とする | 批判と受け取り防衛的になる |
日本の中小企業経営者を対象とした研究では、逆境から立ち直るプロセスに「他者との交流」や「社会貢献意識」が強く関わっていることが明らかになっています。家族や社員、メンターとの対話を通じて心理的安定を得て、そこから新たな行動へと踏み出す姿勢が見られました。
つまり、新規事業に挑戦するうえで必要なのは、単なる楽観主義ではなく、失敗から学び続ける成長志向と、逆境を次の成功に変える回復力です。この二つを兼ね備えたとき、挑戦は「不安」から「楽しさ」へと変わり、持続的な挑戦を可能にします。
「一勝九敗」に学ぶ日本企業の新規事業哲学

新規事業の世界では、成功が例外であり失敗が常態化しているという現実を受け止める必要があります。その考え方を端的に表すのが、ユニクロ創業者・柳井正氏が著した『一勝九敗』です。この言葉には、10回挑戦して1回成功すれば十分であるという哲学が込められています。
実際に、日本企業の新規事業成功率は7〜10%に過ぎず、多くの挑戦は失敗に終わります。しかし、リクルートやDeNAのような企業は、この失敗を前提に「打席に立ち続ける」戦略を取っています。リクルートは年間数千件の新規事業提案の中から実際に事業化されるのはわずか0.3%程度とされていますが、それでも成功事例を生み出す仕組みを維持しているのです。
この哲学は野球の打率に例えると理解しやすいでしょう。プロ野球選手でも打率3割で一流とされ、7割は凡退します。同様に新規事業も9割の失敗を恐れるのではなく、その中で得られる知見を次につなげる姿勢が重要です。
要点をまとめると以下の通りです。
- 成功率は低いが、数多く挑戦することで成功の確率は高まる
- 失敗から得た学びを蓄積し、次の挑戦へ活かすことが本質
- 成功者の共通点は「諦めずに挑戦し続ける姿勢」にある
つまり、「一勝九敗」という哲学は単なる精神論ではなく、データに基づく合理的な考え方でもあります。新規事業担当者がこの視点を持つことで、失敗を恐れずに挑戦を積み重ねるメンタリティを育むことができます。
成功事例と失敗事例から見る挑戦マインドセットの実態
挑戦を楽しむメンタリティを理解するには、具体的な成功事例と失敗事例の両面から学ぶことが欠かせません。日本企業においては、社会課題を捉えた事業は成功する一方、内向きな組織論理に縛られた事業は失敗する傾向が見られます。
代表的な成功事例が、日本郵政と物流ベンチャーYperの共同開発による「OKIPPA」です。これは宅配ドライバーの長時間労働問題、いわゆる「2024年問題」に対応する置き配バッグであり、社会課題に根差したサービスとして注目を集めました。大企業のリソースとスタートアップの柔軟性を融合させたオープンイノベーションの好例です。
一方で、セブン&アイ・ホールディングスの「7pay」は失敗事例として語り継がれています。セキュリティ対策の不備という直接的要因に加え、トップダウンによる拙速な意思決定、現場との情報共有不足といった組織文化的な問題が重なり、わずか数か月で事業撤退に至りました。
表:日本企業の成功事例と失敗事例
事例 | 成否 | 要因 |
---|---|---|
日本郵政×Yper「OKIPPA」 | 成功 | 社会課題を解決、外部連携による柔軟性 |
セブン&アイ「7pay」 | 失敗 | セキュリティ不備、組織の閉鎖性と準備不足 |
この2つの事例から導かれる教訓は明確です。挑戦を楽しむメンタリティは無謀な突進ではなく、社会の課題を的確に捉え、外部と協調しながら解決に向かう姿勢にこそ宿るということです。
さらに、失敗を避けようとする閉鎖的な組織文化は挑戦を阻害しますが、外部との共創を受け入れる文化は挑戦を後押しします。つまり、個人のマインドだけでなく、組織の在り方そのものが新規事業の成否を左右しているのです。
個人が困難を乗り越えるための行動指針と実践ステップ

新規事業に挑戦する個人は、必ずと言ってよいほど壁に直面します。その際に重要なのは、困難を避けるのではなく、行動を通じて乗り越える指針を持つことです。特に以下の3つのステップが実践的な指針として有効です。
- 小さく始める:完璧な計画を追い求めるよりも、まずは仮説を立てて小規模に検証する
- 外部とつながる:一人で抱え込まず、メンターや支援者、コミュニティに相談する
- やめる勇気を持つ:撤退を失敗と捉えず、次につなげる学びとして位置づける
たとえば、リーンスタートアップの手法は「仮説検証を繰り返しながら事業を磨く」ことを前提としています。市場に出す前に時間をかけすぎるより、早期に小さなテストを行い、得られたデータで方向性を修正する方が成功確率を高めます。
また、日本の中小企業経営者を対象とした研究では、逆境からの回復には「他者との交流」が不可欠であることが明らかになっています。家族や社員、外部のメンターからの支援が心理的な安定をもたらし、再び前を向くきっかけになるのです。
さらに重要なのが「やめる勇気」です。撤退を恐れて赤字事業を引き延ばすことは、リソースの浪費につながります。健全な撤退は挑戦の終わりではなく、新たな挑戦の始まりです。
表:困難を乗り越える3つの行動指針
指針 | 具体的行動 |
---|---|
小さく始める | 仮説を立てて小規模テストを繰り返す |
外部とつながる | メンターや支援機関に相談する |
やめる勇気 | 撤退を学びと捉え、次へ活かす |
このような行動指針を持つことで、挑戦は単なる精神的負担ではなく、成長を促すプロセスに変わります。新規事業担当者は「どう困難を避けるか」ではなく、「どう乗り越えるか」を考える姿勢を持つことが成功の鍵となります。
組織文化と人事評価制度が挑戦を促す仕組みをつくる
個人の努力だけでは新規事業の成功は限界があります。挑戦を後押しする組織文化と、それを制度的に支える人事評価が不可欠です。経営層のメッセージや評価基準が従業員の行動に直結するからです。
キリンやロート製薬、三井化学などの企業は、経営層自らが従業員との対話を重ね、挑戦を推奨する文化を築いています。こうした経営層の姿勢は「失敗を恐れず挑戦してよい」という心理的安全性を社員に与えます。
さらに、マインドセット教育を取り入れる企業も増えています。グロースマインドセットを身につけた社員は、挑戦をポジティブに捉え、その姿勢が周囲に波及することで組織全体が変わっていきます。
人事制度の改革も欠かせません。メルカリでは「OKR」と「バリュー評価」により、結果だけでなく挑戦そのものやプロセスを評価する仕組みを導入しています。DeNAも「成長志向評価」を掲げ、挑戦の姿勢を重視する文化を浸透させました。さらに、カルビーやアドビが導入した「ノーレイティング」制度は、従業員を数値で一律評価せず、挑戦や価値観の体現を重視しています。
表:挑戦を促す人事評価制度の事例
企業 | 制度 | 特徴 |
---|---|---|
メルカリ | OKR・バリュー評価 | プロセスや挑戦姿勢を重視 |
DeNA | 成長志向評価 | 結果より成長を評価 |
カルビー・アドビ | ノーレイティング | 数値評価を廃止し、挑戦の質を重視 |
このように、組織文化と評価制度が連動することで、社員は「挑戦が報われる」と実感できます。挑戦が奨励される文化の下では、失敗が学びとして共有され、次の成功の糧となる循環が生まれます。
つまり、新規事業を成功へ導くためには、個人のメンタリティと組織的な後押しの両輪が必要です。挑戦を価値ある行為として認める仕組みをつくることが、持続的なイノベーションを生み出す基盤となります。
日米スタートアップ文化の比較と日本的アントレプレナーシップの可能性
新規事業開発を考える上で欠かせないのが、国や地域ごとの文化的背景です。特にアメリカと日本のスタートアップ文化には顕著な違いがあり、挑戦を楽しむメンタリティの形成にも大きな影響を与えています。
アメリカのスタートアップ文化、特にシリコンバレーでは「失敗は成功へのプロセス」と見なされます。失敗した起業家が再挑戦することは珍しくなく、むしろ投資家から高く評価されるケースもあります。高いリスク許容度と迅速な意思決定プロセスが、新しい価値創出を後押ししています。
一方、日本のスタートアップ文化はリスク回避的で、失敗を避ける傾向が強く見られます。これは社会的に「失敗=信用の失墜」と結び付けられやすい背景があるためです。その結果、新規事業においても慎重すぎる意思決定や調整に時間を要し、スピード感を欠くケースが多くなります。
表:日米スタートアップ文化の比較
観点 | アメリカ | 日本 |
---|---|---|
失敗への態度 | 成功への過程と捉える | 信用失墜と結びつきやすい |
リスク許容度 | 非常に高い | 低く慎重 |
意思決定 | 社長や技術者に権限集中、迅速 | 多部門参加で時間を要する |
イノベーション推進 | 技術者や経営者主導 | 営業・企画部門も主導 |
ただし、日本的アントレプレナーシップにも強みがあります。例えば、幅広い部門が開発初期から関与する「平等主義的な組織運営」は、調整に時間はかかるものの、高品質かつ社会に適合した製品を生み出す力につながっています。
つまり、日本における挑戦メンタリティの可能性は、アメリカ的なリスクテイク文化を盲目的に模倣するのではなく、自国の文化的強みを理解し、補完的に活用する戦略にあります。慎重さと緻密さを活かしながら、グローバル競争に対応できるスピード感を取り入れることが、今後の新規事業開発における大きな鍵となります。
グローバル・マクロトレンドと日本のイノベーション政策が示す未来
新規事業の成功は個人や企業の努力にとどまらず、社会全体の政策や世界的なトレンドとも密接に結び付いています。近年の日本政府は、従来の「規制緩和」中心のアプローチから、社会課題の解決を起点とする「価値創造型」のイノベーション政策へと舵を切っています。
特に注目されるのが「ジャパン・インサイド」戦略です。これは国内資源に依存するのではなく、国境を越えたビジネスエコシステムの中で日本が存在感を発揮することを目指しています。また、スタートアップ投資の約7割が東京都に集中している現状は地方の成長を阻害しているとされ、この偏りを是正する動きも進められています。
世界的なマクロトレンドとしては、以下の領域が新規事業の有望分野とされています。
- AI・デジタルテクノロジー
- サステナビリティと脱炭素社会
- 健康・ウェルネス分野
- 高齢化社会への対応
- 地方創生と地域経済活性化
表:注目される新規事業トレンド
分野 | 背景・期待される効果 |
---|---|
AI・テクノロジー | 生産性向上、新産業創出 |
サステナブル | 脱炭素社会実現、ESG評価向上 |
健康・ウェルネス | 高齢化対応、医療費削減 |
地方創生 | 地域課題解決、人口減少対策 |
これらのトレンドは、日本的アントレプレナーシップと相性が良いものです。なぜなら、日本の強みである「社会課題解決型の事業モデル」と直接結び付くからです。
したがって、新規事業担当者が未来を見据える際には、国内市場に閉じこもるのではなく、グローバルな潮流と日本の社会課題を結び付ける視点が不可欠です。政策支援や世界的なトレンドを味方につけることで、挑戦を楽しむメンタリティが実際の成果へとつながりやすくなります。