日本企業の成長を支える新規事業開発は、成功確率がわずか7%とも言われるほど困難な挑戦です。成熟した既存事業の中で非連続的な成長を実現するには、ゼロから価値を創り出す「0→1人材」の存在が欠かせません。彼らは前例や正解のない状況で独自の発想を形にし、組織を動かす推進力を持っています。しかし、その採用は極めて難易度が高く、従来型のスキル重視の基準では見抜けないケースが多いのが現実です。
また、採用できたとしても、組織文化や評価制度が0→1人材に適応していなければ、せっかくの才能が埋もれてしまうリスクがあります。実際に多くの大企業では、既存事業の慣性が「免疫システム」のように働き、挑戦的な人材を排除する事例が後を絶ちません。
そこで本記事では、0→1人材を定義づけ、必要な特性を明らかにした上で、具体的な見極め方や採用プロセス、さらに成功・失敗事例から学ぶ組織の在り方までを解説します。経営者や人事担当者にとって、未来を切り拓くための採用と育成の実践ガイドとなる内容をお届けします。
日本企業を取り巻く新規事業開発の現状と成功確率の低さ

現代の日本企業は、少子高齢化や国内市場の縮小、グローバル競争の激化といった課題に直面しています。そのため、新たな収益源を確保するための新規事業開発の重要性は高まっていますが、実際の成功確率は驚くほど低いと報告されています。
パーソル総合研究所の調査によれば、自社の新規事業開発が「成功している」と回答した企業はわずか30.6%にとどまっています。さらに、別の分析では、日本企業の新規事業が成功する確率はわずか7%という厳しい現実が示されています。つまり、10件の挑戦のうち9件以上は失敗している計算になります。
この背景には「イノベーションのジレンマ」と呼ばれる構造的な課題があります。既存事業で培った成功体験や効率化のプロセスが、新しい挑戦においては逆に足かせとなり、不確実性の高い状況での柔軟な対応を阻んでしまうのです。
新規事業の失敗要因
- 既存事業の評価基準で新規事業を測ってしまう
- 短期的な成果を経営陣が求めすぎる
- 挑戦や失敗を許容する文化が育っていない
- 人材が不足している、または適材が配置されていない
こうした課題を克服するためには、従来型の経営手法を超えた取り組みが必要です。例えば、心理的安全性を重視した環境づくりや、既存事業とは異なる評価基準を設けることが求められています。
特に重要なのは、新規事業を推進するための適切な人材を確保することです。単にスキルが高い人を採用するのではなく、変化の激しい状況に対応できる「0→1人材」の存在が成功の鍵を握っています。
この現状を理解することは、次に解説する「0→1人材」の定義や役割を理解するための重要な前提条件となります。
0→1人材の定義と「1→10」「10→100」人材との違い
新規事業開発の文脈で頻繁に語られる「0→1人材」とは、文字通りゼロの状態から新しい価値を創造できる人材を指します。彼らは既存の枠組みに縛られず、前例のない課題に独自の仮説や発想で挑み、新しい事業を生み出す能力を持っています。
特徴的なのは「事例がない状況を恐れない」という姿勢です。他者の成功事例を求めるのではなく、自ら仮説を立てて行動し、不確実性を楽しむことができます。この姿勢こそが0→1人材の本質であり、既存の組織文化に新しい風を吹き込む存在となります。
一方で、事業の成長フェーズによって求められる人材像は大きく異なります。
フェーズ | 人材タイプ | 特徴 | 得意な環境 | 主な役割 |
---|---|---|---|---|
0→1 | ゼロイチ人材 | 創造性・独自性・挑戦力 | 不確実性・カオス | 新規事業の立ち上げ |
1→10 | 拡大期人材 | 営業力・推進力 | 顧客獲得・成長市場 | 市場拡大と売上拡大 |
10→100 | イチヒャク人材 | 効率化・再現性 | 構造化・安定性 | 仕組み化と事業の安定成長 |
この表からわかるように、一人の人材が全てのフェーズで同じように活躍できることは稀です。そのため、企業は自社が今どのフェーズにあるのかを正しく認識し、適切な人材を配置する必要があります。
また、0→1人材は起業家とも多くの共通点を持っています。例えば「身近な不便から課題を発見する力」「未来をあたかも現在のように語る力」などです。これらは新規事業の推進に不可欠であり、単なるスキルセット以上に価値のある資質といえます。
企業が持続的に成長するためには、この0→1人材の力を最大限に引き出し、次の拡大フェーズにつなげる仕組みを整えることが不可欠です。次の章では、彼らの思考スタイルや起業家との共通項についてさらに掘り下げていきます。
起業家との共通点に学ぶ0→1人材の思考スタイル

0→1人材の特性を理解するには、すでに成功を収めた起業家の行動や思考のパターンを参考にすることが有効です。多くの研究や事例から、彼らの行動原理と0→1人材の資質は驚くほど重なっていることが明らかになっています。
原体験から課題を見つける力
成功した起業家の多くは、日常の不便や不満といった身近な体験からビジネスの着想を得ています。0→1人材もまた、他人が見過ごす違和感を掘り下げ「なぜこうなっているのか」と問い続けます。こうした姿勢が独自の課題発見力を生み、まだ誰も手を付けていない領域で新しい価値を生み出す源泉となります。
ビジョンを描き人を巻き込む力
起業家はしばしば「未来をまるで現在の出来事のように語る」と言われます。鮮明なビジョンを持ち、それを熱意をもって語ることで人材や投資家を巻き込みます。これは0→1人材が組織内で信頼を獲得し、プロジェクトを推進するために欠かせないスキルです。
既成概念を覆す別解力
株式会社じげんの平尾丈氏が提唱する「別解力」とは、一般的な正攻法とは異なるアプローチで課題を解決する力です。0→1人材も同様に、既成概念を疑い、従来の枠にとらわれない独自の答えを導き出します。この柔軟な思考スタイルは競争優位を生む大きな武器となります。
内発的な情熱が原動力
多くの起業家は「社会を良くしたい」という目的意識を強いエネルギー源にしています。0→1人材もまた、外発的な報酬ではなく、自分の信念や「どうしても実現したい」という強い動機を持っています。この内発的な情熱が、不確実で困難な状況でも挑戦を続ける力を支えています。
このように、0→1人材は特定のスキルよりも「どのように世界を認識し、行動するか」という認知スタイルに本質があります。現状を疑い、新しい問いを立て、失敗を糧に行動を続ける姿勢が、未来を切り拓く重要な要素となるのです。
コンピテンシーモデルで整理する0→1人材のマインドセット・スキル・行動特性
0→1人材の資質を体系的に理解するためには、マインドセット・スキルセット・行動特性の3層で整理した「コンピテンシーモデル」が有効です。このモデルは経済産業省のイノベーション人材研究などでも活用されており、人材評価や採用基準の明確化に役立ちます。
マインドセット:行動の基盤となる精神的特性
- 学習目標志向性:失敗を学びと捉え、挑戦を続ける姿勢
- アンラーニング:過去の成功に固執せず、柔軟に思考を切り替える力
- カオス耐性:曖昧な状況でもストレスを感じず前進できる胆力
- 当事者意識:課題を自分ごととして捉え、責任を持つ姿勢
- 知的好奇心と越境意欲:専門外の知識や人脈に積極的に触れる姿勢
スキルセット:価値を形にするための技術
- 課題設定・発見力:潜在的なニーズを見抜く力
- 仮説構築力:断片的な情報から重要な仮説を導き出す力
- 事業設計・戦略構築力:アイデアを持続可能なビジネスモデルに変える力
- 巻き込み力・交渉力:多様なステークホルダーを動かす力
行動特性:目に見える具体的なアクション
- 迅速な行動力:完璧を待たずにまず行動に移す姿勢
- 検証と学習のサイクル:行動から得た学びを次に活かす習慣
- セルフマネジメント:高ストレス下でもモチベーションを維持する力
階層 | コンピテンシー | 見極めポイント |
---|---|---|
マインドセット | 学習目標志向性 | 失敗談から学びを語れるか |
スキルセット | 課題設定・発見力 | 顧客の潜在ニーズを言語化できるか |
行動特性 | 迅速な行動力 | 小さく早く試した経験があるか |
このモデルを採用プロセスに組み込むことで、単なる経歴やスキルの羅列ではなく、未知の状況に適応し続ける能力を客観的に評価できます。
さらに、早稲田大学の入山章栄教授が提唱する「H型人材」や、独立研究者・山口周氏の「わがままの復活」といった知見も、0→1人材の特性と重なります。これらの研究は、0→1人材は固定的な能力よりも、挑戦と学習を繰り返すプロセスに価値があることを示しています。
この視点を持つことで、採用基準は大きく変化します。過去の実績よりも未来の適応力を重視し、挑戦を支える組織文化を整えることこそが、企業の成長に直結するのです。
面接・ケース課題・リファレンスチェックでの具体的な見極め方

0→1人材を採用するうえで最も難しいのは、履歴書や経歴だけでは判断できない「思考スタイル」や「行動特性」を見極めることです。そのためには、通常の面接に加えてケース課題やリファレンスチェックといった多面的なアプローチが必要になります。
面接での確認ポイント
0→1人材の資質を見抜くためには、定型的な質問ではなく、候補者の過去の行動や意思決定の背景を掘り下げる質問が有効です。
- 「これまでに前例のない課題に取り組んだ経験は?」
- 「失敗から学んだことをどう次に活かしたか?」
- 「周囲の反対を受けながらも推し進めた経験はあるか?」
こうした質問によって、学習志向性や当事者意識、別解力といったコンピテンシーを測ることができます。
ケース課題による実践的な検証
新規事業に近い状況を想定したケース課題を設定し、候補者がどのように問題を捉え、解決策を導くかを観察する方法です。例えば「新興国市場で新しいデジタルサービスを展開するには?」といったオープン課題を提示し、短時間で仮説構築と戦略立案を求めると、思考の柔軟性や構造化能力が明確に現れます。
評価の際は、答えの正否よりも「問いの立て方」「検証プロセス」「不確実性への対応姿勢」が重要な判断基準となります。
リファレンスチェックの活用
第三者の視点から候補者の過去の行動を把握するリファレンスチェックは、0→1人材の見極めにおいて非常に有効です。特に注目すべきは「曖昧な状況での行動」「組織を巻き込む力」「困難時の対応力」といった点です。前職での実績だけでなく、周囲からどう評価されていたかを知ることで、候補者の真の特性が浮き彫りになります。
このように、面接・ケース課題・リファレンスチェックを組み合わせることで、表面的な経歴では判断できない0→1人材の可能性を多角的に評価することが可能になります。
VCや有識者が語る「投資したい経営者像」と0→1人材の重なり
ベンチャーキャピタル(VC)や著名な投資家は、数多くの経営者を見てきた経験から「投資したい人物像」を具体的に語っています。これらの視点は、0→1人材に求められる特性と大きく重なっており、採用基準を考えるうえで非常に参考になります。
投資家が重視する資質
- ビジョンの明確さ:大きな未来像を描き、周囲に語れる力
- 実行力:小さな一歩を積み重ね、粘り強く前進する力
- 柔軟性:市場や顧客の変化に迅速に対応できる力
- レジリエンス:失敗や逆境を乗り越え、挑戦を続ける姿勢
調査によれば、VCが投資判断において最も重視する要素の一つは「経営者の人柄・信念」であり、事業計画の完成度よりも、実行を支える人物そのものに注目しています。
事例から見る共通点
シリコンバレーの有力VCであるセコイア・キャピタルは、「市場の変化を先読みし、自らピボットできる経営者に投資する」と公言しています。これはまさに0→1人材が持つカオス耐性や仮説検証力と重なります。
また、日本国内のスタートアップ支援に携わる投資家からも「困難な状況であっても、熱意を失わずに人を巻き込み続ける経営者が伸びる」という声が多く聞かれます。これも0→1人材のビジョン提示力や巻き込み力と一致しています。
採用への示唆
投資家の視点を採用活動に取り入れることで、企業は単なる「優秀な人材」を探すのではなく「未来を共に創る人材」を選べるようになります。特に重要なのは、不確実性の中でも行動し続ける人物こそが組織に新しい価値をもたらすという点です。
この考え方を組織の採用基準に組み込むことで、0→1人材を見極めやすくなり、同時に彼らが力を発揮できる文化を醸成する第一歩ともなるのです。
日本企業の成長を支える新規事業開発は、成功確率がわずか7%とも言われるほど困難な挑戦です。成熟した既存事業の中で非連続的な成長を実現するには、ゼロから価値を創り出す「0→1人材」の存在が欠かせません。彼らは前例や正解のない状況で独自の発想を形にし、組織を動かす推進力を持っています。しかし、その採用は極めて難易度が高く、従来型のスキル重視の基準では見抜けないケースが多いのが現実です。
また、採用できたとしても、組織文化や評価制度が0→1人材に適応していなければ、せっかくの才能が埋もれてしまうリスクがあります。実際に多くの大企業では、既存事業の慣性が「免疫システム」のように働き、挑戦的な人材を排除する事例が後を絶ちません。
そこで本記事では、0→1人材を定義づけ、必要な特性を明らかにした上で、具体的な見極め方や採用プロセス、さらに成功・失敗事例から学ぶ組織の在り方までを解説します。経営者や人事担当者にとって、未来を切り拓くための採用と育成の実践ガイドとなる内容をお届けします。