日本企業の新規事業開発は、その重要性が叫ばれながらも成功率が10%未満と言われています。経済産業省やデロイトの調査でも、多くの大企業がイノベーションの必要性を認識しつつも、依然として保守的な姿勢から抜け出せていない実態が浮き彫りになっています。この背景には、組織が持つ「免疫システム」が存在し、既存事業を脅かす新しいアイデアを排除してしまう構造的な課題があります。

では、なぜ一部の新規事業だけが成功を収めるのでしょうか。その答えの一つが「社内スポンサー」の存在です。社内スポンサーとは、単なる助言者やメンターではなく、自らの政治的資本を投じて新規事業を守り抜き、必要なリソースを確保し、組織内の抵抗からチームを守る「戦略的パートナー」です。モノタロウやSoup Stock Tokyo、スタディサプリなどの成功事例を分析すると、必ず背後に強力なスポンサーの存在が確認できます。

本記事では、スポンサーの役割や候補者の見極め方、説得の技法、成功事例、そして失敗に陥る典型的な罠までを網羅的に解説します。新規事業開発の担当者にとって、スポンサー獲得の戦略を理解することは、事業成功への最短ルートになるのです。

社内スポンサーが新規事業成功を左右する理由

新規事業開発は、企業の成長を左右する重要な取り組みでありながら、成功率が10%未満にとどまるという厳しい現実があります。経済産業省の調査でも、新規事業の展開に成功した企業は経常利益率が向上する傾向にある一方、その成功自体が極めて困難であることが示されています。背景には、日本企業特有の「保守性」と「組織の免疫システム」が存在しています。

大企業では、新しい取り組みはしばしば既存事業の利益を脅かす「異物」と見なされます。そのため、既存部門からの抵抗や、意思決定の遅さ、縦割り構造による連携不足といった障害が発生します。デロイトトーマツの調査でも、日本のビジネスパーソンの約7割が「新技術の採用には慎重」「既存事業を着実に推進する」と回答しており、組織文化そのものが挑戦に不向きである実態が浮き彫りになっています。

こうした環境の中で、新規事業を成功に導くための鍵となるのが「社内スポンサー」の存在です。社内スポンサーは、単なる助言者やメンターではなく、自らの政治的資本を投じてイントラプレナーを守り抜く存在です。彼らは経営資源を獲得し、他部門からの抵抗をはねのけ、組織内で新しい事業が生き残れるように支えます。

具体例として、三菱商事発のSoup Stock Tokyoは、経営陣が提案者の情熱と企画書に共感し、通常の制度を超えて特別な支援を行ったことで誕生しました。ここでは、スポンサーの強い共感と支援が、成功の決定打となりました。逆に、スポンサー不在の新規事業は「孤立無援」となり、資源も権限も与えられずに失敗するリスクが高まります。

新規事業の成功は、アイデアや技術力だけでなく、社内スポンサーという戦略的パートナーを得られるかどうかに大きく左右されるのです。

スポンサーの役割と責務

イントラプレナーにとってスポンサーは単なる支援者ではなく、新規事業を組織内で守り、成長させる「盾」と「推進力」を兼ね備えた存在です。ピンチョットの理論では、スポンサーは「特定のプロジェクトを擁護し、必要な資源を確保し、組織的な抵抗から守る影響力のある人物」と定義されています。

スポンサーの役割は多岐にわたります。まず重要なのは「組織の免疫システム」からの防波堤となることです。新規事業は既存の枠組みに収まらないため、部門横断の摩擦や官僚的な承認プロセスによって簡単に頓挫してしまいます。スポンサーは、こうした障害からチームを守り、開発に集中できる環境をつくります。

さらに、スポンサーは以下のような責務を担います。

  • 経営会議などでプロジェクトを代弁し、企業戦略との整合性を示す
  • 必要な予算・人員・設備・時間を獲得するために社内調整を行う
  • 批判的な役員や既存部門からの抵抗をかわし、プロジェクトを守る
  • 社内外のキーパーソンを紹介し、協力的なネットワークを形成する

これらの行動において、スポンサーが投じるのは単なる企業資源ではなく、自らの評判や信頼といった「政治的資本」です。そのため、新規事業が失敗した場合、スポンサー自身のキャリアに傷がつくリスクも負います。

住友商事発のモノタロウでは、発案者が正式にチームリーダーに任命され、スポンサーが公式に権限を付与することで事業が加速しました。一方で、スポンサーを得られず孤軍奮闘するイントラプレナーは、守屋実氏が指摘するように「武器もなく戦場に出る戦士」となり、多くが失敗に終わります。

スポンサーは新規事業を守る防波堤であると同時に、未来を切り拓く推進者でもあるのです。

効果的なスポンサー候補を見極める方法

スポンサーの存在が新規事業の成否を左右することは明らかですが、誰でもよいというわけではありません。重要なのは、自社の組織文化や政治力学を理解したうえで、最も効果的に支援してくれる人物を見極めることです。

まず取り組むべきは「政治的地図」の作成です。公式な組織図だけではなく、実際に誰が意思決定に影響を与えているのか、誰の意見が尊重されるのかといった非公式な力関係を把握する必要があります。中小企業庁の報告でも、新規事業の推進には経営層だけでなく、現場部門の影響力ある人材の協力が不可欠であることが示されています。

スポンサー候補は大きく三つのタイプに分類できます。

  • ビジョン先行型リーダー:企業の未来に大胆な変革を求める経営層
  • 課題解決希求型リーダー:自部門の課題を解決したい部門長クラス
  • 改革推進型リーダー:既存の仕組みに異を唱え、過去に型破りな支援をした経験を持つ人物

この三類型のうち、特に効果的なのは「権力」と「課題」が交差する位置にいる人物です。つまり、組織を動かす権限を持ちながら、自分の部門や責任範囲に切実な課題を抱えるリーダーです。新規事業を、その課題を解決する「特効薬」として位置づけることができれば、強力な支援を得られる可能性が高まります。

さらに、候補者に関する徹底したリサーチも欠かせません。発言内容や過去の承認事例、好むコミュニケーションスタイルを把握することで、効果的なアプローチが可能になります。たとえば、リクルートの社内制度「RING」では、応募者が経営陣の課題意識に応える形で企画を磨き上げることが勝敗を分けました。

適切なスポンサー候補を見極めることは、新規事業を単なるアイデアから実行可能なプロジェクトへと昇華させる最初の関門なのです。

経営陣を動かす「説得」の技法

スポンサー候補を見極めて関係を築いた後に待っているのが、実際に経営陣を動かす「説得」のプロセスです。ここでは、論理的な資料と非公式な調整の両方を駆使し、組織を味方につけることが求められます。

日本企業において、公式の会議はしばしば「議論の場」ではなく「合意事項を確認する場」にとどまります。そのため、会議の場で初めてアイデアを披露するのは戦略的に誤りです。事前に関係者へ個別に説明し、懸念を解消しておく「根回し」が不可欠です。グロービスの調査でも、稟議を通す際に「事前合意を得ているか」が承認率を大きく左右することが確認されています。

公式な稟議書や提案書を作成する際には、以下の三点が重要です。

  • 結論を冒頭に示し、何を承認してほしいのかを明確化する
  • 市場規模や競合分析など、データを用いた定量的な裏付けを示す
  • 技術的リスクや法規制リスクなどを事前に開示し、対応策を提示する

さらに、承認のハードルを下げる手法として有効なのが「ステージゲート法」です。事業開発を段階ごとに分割し、最初は小さな予算だけを要求することで、経営陣がリスクを取りやすい状況をつくります。成果を一つずつ積み重ねることで、より大きな投資へとつなげられます。

また、論理的な資料以上に大切なのが提案者の情熱です。麻生要一氏など新規事業の実践者も指摘するように、強い意志と粘り強さは、データだけでは突破できない壁を越える力になります。

説得は単なるプレゼンテーションではなく、論理と情熱を組み合わせた長期的なプロセスです。経営陣を動かす技法を身につけることが、新規事業を現実のものに変える最大の武器となります。

成功事例から学ぶスポンサーシップの実態

新規事業開発の成功は偶然の産物ではなく、背後には必ず強力なスポンサーシップがあります。日本企業における代表的な成功事例を分析すると、スポンサーの関わり方には大きく三つのタイプが存在することがわかります。

モノタロウに見る地位・戦略型モデル

住友商事発のモノタロウは、2000年に社内ベンチャーとして誕生し、現在は工場用間接資材のEC市場で圧倒的な地位を築いています。創業者・瀬戸欣哉氏は、社内で新設されたeコマースチームの長に任命され、公式な権限を持って事業を推進しました。さらに、米国大手との合弁という会社全体の戦略的決定が支援となり、成功を加速させました。このケースは「地位と戦略」を組織が与えることで事業を守った典型例です。

Soup Stock Tokyoのビジョン共感型モデル

三菱商事の遠山正道氏が立ち上げたSoup Stock Tokyoは、従来のファストフードとは異なる「食べるスープ」という文化を創出しました。遠山氏が提出した「スープのある一日」という物語形式の企画書が経営陣の心を動かし、同社初の社内ベンチャー企業設立へとつながりました。ここでは、役職や制度以上に経営トップの強い共感がスポンサーシップを生み出したと言えます。

スタディサプリの制度・競争型モデル

リクルートの「RING」という新規事業提案制度から生まれたスタディサプリは、教育格差を是正するオンライン学習サービスとして急成長しました。発案者・山口文洋氏は5度の落選を経て、6年目に優勝し事業化の権利を獲得しました。ここでは、特定の個人ではなく、制度そのものがスポンサーの役割を果たしました。

この三つの事例は、新規事業成功に必要なスポンサーシップが「権限」「共感」「制度」といった異なる形で現れることを示しています。自社がどの文化を持つのかを見極め、適切なスポンサー戦略をとることが成功への近道となるのです。

失敗に陥る「99%の罠」とは

新規事業の多くは志半ばで頓挫します。その背景には、成功事例とは対照的に、スポンサーを失うことで生じる典型的な失敗のパターンがあります。新規事業家・守屋実氏は「社内起業の99%は同じ失敗をする」と断言しており、その核心は「切り離し」にあります。

3つの切り離しがもたらす失敗

  • アセットからの切り離し:親会社のブランドや顧客基盤を活用できず、ゼロから事業構築を迫られる
  • 意思決定からの切り離し:迅速な判断が必要な局面で、本社の重い承認プロセスに縛られる
  • 評価からの切り離し:短期的な利益基準で測られ、長期視点の事業が不当に「失敗」と判断される

これらの切り離しが進むと、イントラプレナーは「孤独な戦士」となり、疲弊して撤退せざるを得なくなります。

組織の免疫システムの発動

既存事業部門の抵抗も失敗の大きな要因です。新規事業が既存事業を脅かすと見なされれば、露骨あるいは陰湿な妨害が起こります。加えて、縦割り組織による情報のサイロ化が進み、必要な協力が得られない状況が生まれます。

心理的プレッシャーとスポンサー喪失

東京大学の研究でも、新規事業担当者は強い孤独感や精神的負担を抱えやすいことが確認されています。スポンサーが離れてしまうと、精神的支柱を失い、挑戦を続ける気力も奪われてしまいます。多くの場合、スポンサー喪失はアイデア自体の問題ではなく、企業が掲げる「イノベーション推進」という価値と実際の行動のギャップに起因しています。

スポンサーを失うことは失敗の症状であり、その根底には企業文化の矛盾があるのです。99%の罠を回避するには、この構造的課題を正しく理解し、スポンサーとの関係を戦略的に維持することが不可欠です。

イントラプレナーと経営陣への提言

新規事業開発を成功させるには、アイデアや技術だけでなく、イントラプレナーと経営陣が互いに果たすべき役割を理解し、スポンサーシップを戦略的に築いていくことが欠かせません。ここでは、両者への実践的な提言を示します。

イントラプレナーへの提言:政治力を磨く

イントラプレナーは、事業計画の優劣だけでなく、組織の力学を読み解き人を動かす「政治的センス」を求められます。経営層の課題を把握し、それを解決する手段として新規事業を提示できれば、支援を得やすくなります。さらに、承認を一度に求めるのではなく、小さな成果を重ねるステージゲート法を用いれば、スポンサーが「最初のイエス」を出しやすい環境をつくれます。

箇条書きで整理すると、イントラプレナーが取るべき行動は以下の通りです。

  • 組織の非公式な力学を把握し、根回しに注力する
  • 権力を持つリーダーの「痛み」を見つけ、解決策として事業を位置づける
  • 段階的な承認を狙い、小さな成功を積み重ねる
  • スポンサーの期待値を適切に管理し、成果を定期的に報告する

このように行動することで、イントラプレナーは孤立を避け、組織内で味方を増やすことができます。

経営陣への提言:スポンサー文化を育てる

一方で、経営陣にも責任があります。新規事業を支援するスポンサーを「個人の勇気」に頼るのではなく、組織として制度的に支える仕組みが求められます。例えば、リクルートの「RING」のように、優秀なアイデアが制度的に支援を得られる仕組みは、挑戦の公平性を担保します。また、スポンサーの貢献を人事評価に組み込み、成功だけでなく挑戦そのものを称賛する文化を醸成することが重要です。

スポンサーが背負う政治的リスクを軽減するためには、経営トップ自らが「スポンサーを守るスポンサー」となることが不可欠です。CEOや取締役会が盾となり、批判や圧力から支援者を守ることで、スポンサーシップが持続可能になります。

共創する未来へ

イントラプレナーは革新のエネルギーを提供し、スポンサーはその芽を育むための力を供給します。両者が共生関係を築くことで、企業は不確実性の時代においても持続的な成長を実現できるのです。