ESG(環境・社会・ガバナンス)とサステナビリティは、もはや大企業だけの課題ではありません。新規事業開発の現場でも、社会・環境価値と経済的リターンを両立させる設計が求められる時代となりました。日本国内ではESG投資残高が625兆円を超え、資本市場の主流が「持続可能な事業」へと明確にシフトしています。この潮流は、スタートアップや中小企業にとっても、巨大な資金とパートナーシップの機会を意味します。

一方で、ESGを単なる流行語として取り入れるだけでは成果は生まれません。投資家・顧客・従業員といった多様なステークホルダーの信頼を獲得するには、科学的根拠に基づくデータ開示やガバナンス体制、人的資本経営の実践が不可欠です。

この記事では、ESGを本業の中心に据えた新規事業モデルの設計方法を、最新の制度動向・市場データ・実践事例をもとに解説します。持続可能性を“理念”から“収益構造”へと変換するための具体的なアプローチを明らかにしていきます。

目次
  1. 持続可能な成長の新常識:ESGを経営の中核に据える理由
    1. ESG経営がもたらす3つのメリット
    2. ESGの要素と企業価値の関係
  2. ESG投資の急拡大と資金循環:新規事業に生まれるチャンス
    1. 投資資金の流れが変える新規事業の構造
    2. ESG投資がもたらす新たな機会
  3. ガバナンスが変える未来:取締役会が担うサステナビリティ責任
    1. 取締役会に求められる3つの役割
  4. 透明性が競争力を生む:情報開示とデータドリブン経営
    1. 主なサステナビリティ情報開示基準の特徴
  5. ループを閉じる発想:サーキュラーエコノミーによる価値再構築
    1. サーキュラーエコノミーモデルの4つの類型
    2. 新規事業への示唆
  6. 人を資本とする経営:人的資本経営が生む新しい競争優位
    1. 人的資本経営の重要性と投資効果
    2. 新規事業開発との関係
  7. ネイチャーポジティブとTNFD:環境戦略の次なるフロンティア
    1. TNFDの4つの開示フレームワーク(LEAPアプローチ)
    2. 新規事業開発におけるネイチャーポジティブの活用
  8. 実践企業に学ぶ:日本発ESGビジネスモデルの最前線
    1. トヨタ:脱炭素社会への“マルチパス戦略”
    2. パナソニックHD:環境経営を利益モデルへ転換
    3. ユーグレナ:バイオテクノロジーで社会課題を解決
    4. MUFG:金融によるESG変革の推進
    5. 新規事業開発者への学び
  9. 信頼を守る戦略:グリーンウォッシュを防ぐ透明経営
    1. グリーンウォッシュの主なパターン
  10. 未来への羅針盤:事業開発者のためのESG統合戦略
    1. ESG統合の3ステップ戦略
    2. 新規事業開発におけるESG統合の実践法

持続可能な成長の新常識:ESGを経営の中核に据える理由

ESG(環境・社会・ガバナンス)は、もはや「社会貢献活動」や「企業の倫理的責任」を超え、企業の持続的成長を支える経営の中核として位置づけられています。とくに日本では、環境・社会課題の深刻化と投資家行動の変化を背景に、ESGを取り込むことが競争優位性そのものを決定づける要素となっています。

近年、日本の上場企業の約90%がESGに関する情報開示を行い、その数は年々増加しています。背景には、コーポレートガバナンス・コードの改訂(2021年)によって取締役会がサステナビリティ方針を策定・開示する責務を負ったことが挙げられます。また、投資家の側でも、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)のような巨大機関投資家がESG投資を明確に推進したことが、市場構造を根本的に変えました。

ESG経営がもたらす3つのメリット

  1. リスクの可視化と事業継続性の向上
    気候変動や人権問題などの非財務リスクを事前に把握し、対策を講じることが、長期的な企業の安定経営につながります。
  2. ブランド価値と人材競争力の向上
    Z世代を中心に「社会的価値を重視する企業で働きたい」という意識が高まり、ESG経営は採用・定着率の向上にも直結しています。
  3. イノベーション創出と新市場の開拓
    環境・社会課題の解決を目的とした事業開発は、新たな顧客層と市場を生み出す源泉になります。

ESGの要素と企業価値の関係

要素目的企業活動との関係代表的なKPI
環境(E)CO₂削減・資源循環サプライチェーンの脱炭素化、再エネ導入Scope1〜3排出量、再エネ比率
社会(S)人権・多様性・地域貢献ダイバーシティ推進、健康経営女性管理職比率、従業員エンゲージメント
ガバナンス(G)経営の透明性と監督取締役会の独立性、内部統制独立社外取締役比率、情報開示水準

特に注目すべきは、「E」や「S」の取り組みが、ガバナンス(G)の仕組みを通じて制度的に支えられている点です。取締役会レベルでの意思決定が、企業全体のサステナビリティを加速させる鍵となります。

つまりESG経営は「社会的に良いこと」ではなく、「企業を強くすること」です。持続的な成長と市場からの信頼を両立するために、経営の中心にESGを据えることが、新規事業においても避けて通れない要件となっているのです。

ESG投資の急拡大と資金循環:新規事業に生まれるチャンス

ESGを推進する最大の動力は、資金の流れが変化していることにあります。投資家はもはや短期的利益だけではなく、企業がどれだけ社会的・環境的な価値を生み出しているかを重視しています。

日本サステナブル投資フォーラム(JSIF)の調査によると、2024年3月時点で日本のESG投資残高は625.6兆円に達し、前年比16.6%の成長を記録しました。これは国内の総運用資産の約63.5%を占め、ESGが主流投資となったことを示しています。世界的には約30兆ドルの資金がサステナブル投資に流入しており、その勢いは今後さらに強まる見込みです。

投資資金の流れが変える新規事業の構造

この資金循環の変化は、新規事業開発者にとって大きなチャンスです。社会的課題を解決するビジネスは、投資を呼び込みやすい構造に変わっているのです。

分野投資が急増しているテーマ有望な新規事業領域
エネルギー再生可能エネルギー、蓄電、スマートグリッド地域マイクログリッド事業、PPAモデル
モビリティ脱炭素・電動化EV充電インフラ、バッテリーリユース
サーキュラーエコノミー資源循環・廃棄物削減アップサイクル製品、再資源化プラットフォーム
ウェルビーイング健康・働き方改革健康経営支援サービス、D&Iテック
インパクト投資社会課題解決型ベンチャー教育・介護・地方創生領域のスタートアップ

ESG投資がもたらす新たな機会

特に、年金基金など長期志向の投資家がESG分野に注目しているため、安定的な資金調達が可能になります。日本政府も、ESG投資を「受託者責任に反しない」と明確化し、インパクト投資やグリーンボンド市場の整備を進めています。

このような流れを受け、企業は単に「環境に優しい事業」ではなく、「投資可能なデータを備えたESG事業」へと進化する必要があります。事業の初期段階から、CO₂削減量や雇用創出など定量的な社会的インパクトを設計することが、資金を呼び込む最大の武器となります。

新規事業開発においては、ESG投資を「資金調達の手段」として捉えるのではなく、「事業成長の共通言語」として活用することが求められます。資金と理念が結びついた時、サステナブルな事業は真の競争力を発揮します。

ガバナンスが変える未来:取締役会が担うサステナビリティ責任

ESG経営を推進する上で、最も重要な基盤となるのがガバナンスです。ガバナンスは単なる「統治体制」ではなく、企業の持続的成長を左右する戦略的要素となっています。特に、コーポレートガバナンス・コードの改訂以降、取締役会がサステナビリティ経営を主導する責任を明確に負うようになりました。

2021年6月の改訂で、企業の取締役会は「サステナビリティに関する基本方針の策定」と「人的資本・知的財産への投資監督」が義務化されました。これは、企業の社会的価値を中長期的に高める仕組みをトップレベルで制度化したものです。また、プライム市場上場企業にはTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に基づく情報開示が求められ、環境・社会リスクへの対応が経営判断の中核に据えられています。

取締役会に求められる3つの役割

役割内容目的
サステナビリティ方針の策定環境・社会課題への対応方針を経営戦略に統合企業価値と社会価値の両立
人的資本・知的資産の監督従業員育成・イノベーションへの投資成長ドライバーの明確化
情報開示と説明責任ESG関連データの信頼性確保投資家・市場の信頼獲得

経済産業省の調査によれば、サステナビリティ方針を経営に統合している企業は、株主からの評価が平均1.5倍高い傾向にあります。つまり、ESGガバナンスは企業価値向上の重要なドライバーであるといえます。

また、新規事業を立ち上げる際も、初期段階からガバナンス設計を行うことが極めて重要です。たとえば、スタートアップの資金調達では、ESG対応を示すことが投資家の信頼を得る条件となりつつあります。透明性の高いデータ管理体制や、意思決定プロセスの明確化は、成長ステージの早期から組み込むべき戦略要素です。

さらに、サステナビリティを単なるCSR活動として捉えるのではなく、取締役会レベルで「財務リスク」として位置づけることが求められます。気候変動や人権問題に対して適切な対応を怠れば、将来的な訴訟やレピュテーションリスクを招く恐れがあるためです。

ガバナンスは、企業にとっての「守り」ではなく「攻め」の経営基盤です。経営トップがサステナビリティを自らの責務として担うことで、ESG経営は単なる理念から、確実な収益力を伴う実践へと進化します。

透明性が競争力を生む:情報開示とデータドリブン経営

ESG経営のもう一つの柱が「情報開示(ディスクロージャー)」です。近年、非財務情報の開示は任意から義務へと転換しており、企業の透明性が投資判断やパートナー選定の基準になっています。透明性の高い企業は、投資家や消費者の信頼を獲得しやすく、結果として競争力を高めることができます。

2027年3月期から、時価総額3兆円以上のプライム市場上場企業では、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)の基準に基づく情報開示が義務化される見込みです。ISSBは、既存のTCFDやSASBなどを統合し、世界共通の開示ルールを構築しています。この動きは、日本の新規事業にも大きな影響を与えます。

主なサステナビリティ情報開示基準の特徴

基準名対象読者特徴日本での導入状況
GRIスタンダード幅広いステークホルダー社会・環境への影響を重視多くの企業が採用
SASBスタンダード投資家・債権者財務的マテリアリティ重視ISSBに統合中
TCFD提言投資家・保険会社気候変動リスクと機会に特化日本は世界最多の賛同数
ISSB基準(S1/S2)資本市場参加者財務情報と非財務情報を統合2027年以降に段階的適用予定

ISSBが重視するのは「結合性(Connectivity)」です。これは、サステナビリティ情報と財務情報を分離せず、企業の収益構造と一体で説明するという考え方です。たとえば、温室効果ガス排出量の削減が将来のコスト削減や市場機会にどう繋がるかを、データで示すことが求められます。

この変化は、新規事業開発においても大きな意味を持ちます。初期段階から温室効果ガス排出量や従業員多様性などの主要指標を計測し、事業運営に組み込む「ディスクロージャー・レディ設計」が重要になります。

さらに、情報開示は単に「報告する」ものではなく、「価値を伝える」手段でもあります。社会課題にどう貢献しているか、どんなデータでその効果を示せるかを明確にすることが、企業ブランドを強化します。

透明性の高い情報開示は、もはやコストではなく投資です。データに基づいた説明責任を果たす企業こそが、市場と社会から選ばれる存在となるのです。

ループを閉じる発想:サーキュラーエコノミーによる価値再構築

サーキュラーエコノミー(循環型経済)は、資源を「使い捨てる」リニア型経済から「循環させる」モデルへ転換する考え方です。欧州連合(EU)ではすでに法制化が進み、日本でも環境省が「サーキュラー・エコノミー・ビジョン」を掲げ、2030年までに新たな市場価値を創出する方針を打ち出しています。

サーキュラーエコノミーの本質は、環境保全に留まらず、資源制約の時代における新しい利益モデルを生み出すことにあります。企業は、製品のライフサイクル全体を見直し、「再利用」「再製造」「再資源化」を組み合わせることで、新たな顧客価値と収益を両立させています。

サーキュラーエコノミーモデルの4つの類型

類型特徴主な収益源日本企業の事例
リユース(再利用)製品の再販売・中古市場活用再販手数料・サブスクメルカリ、パタゴニア
リファービッシュ(再生)修理・再製造による寿命延長サービス料・部品再販リコー、ダイキン工業
シェアリング(共有)資産の共同利用利用料・プラットフォーム手数料Anyca、airCloset
リサイクル(再資源化)素材の再利用によるコスト削減原材料販売・廃棄コスト削減旭化成、日立造船

たとえば、リコーは複合機を回収・再製造する「リコー・グリーンライン」を展開し、新品比で約40%のCO₂削減と30%のコスト削減を実現しています。こうしたモデルは、環境価値を経済価値へ変換する好例です。

また、経済産業省によると、循環型ビジネスの国内市場規模は2030年に約80兆円に拡大すると見込まれています。再生素材、リペア、リースなど、資源を「何度も使う」仕組みが、今後の新規事業の中心軸になるでしょう。

新規事業への示唆

新規事業を立ち上げる際は、「販売して終わり」ではなく、「使われ続ける仕組み」を設計する視点が求められます。

  • 製品寿命を延ばすためのリペア・メンテナンス事業
  • 使用済み製品の回収と再販モデル
  • 材料・部品のトレーサビリティ管理

これらを組み合わせることで、顧客との関係を単発ではなく、継続的なサービス提供モデルに転換できます。サーキュラーエコノミーは、環境対応の枠を超え、企業の収益構造を根本から再設計する鍵となります。

人を資本とする経営:人的資本経営が生む新しい競争優位

ESGの「S(社会)」の中心にあるのが、人的資本経営です。これは、従業員を「コスト」ではなく「価値創造の源泉」として捉える考え方であり、近年の企業評価指標にも反映されつつあります。経済産業省の「人材版伊藤レポート2.0」では、人的資本を最大限に活かすための3つの視点が提示されています。

  1. 経営戦略と人材戦略の一体化
  2. 社員の自律的成長を支える文化の醸成
  3. 多様性・リスキリングによる組織力強化

人的資本経営の重要性と投資効果

人的資本経営を導入した企業は、導入していない企業に比べて平均営業利益率が1.3倍高いというデータがあります(経済産業省調査)。また、グローバルでは、人的資本開示が企業価値評価の重要要素となっており、2024年からは有価証券報告書への開示が義務化されました。

項目開示が求められる主な内容関連するKPI
人材戦略採用・配置・育成方針定着率、採用コスト
多様性性別・年齢・障がいの有無など女性管理職比率、外国籍比率
能力開発リスキリング・OJT・学習支援研修投資額、スキル取得率
エンゲージメント従業員満足度・モチベーションeNPS、離職率

たとえば、トヨタ自動車は「人材の多様性」を経営方針に明記し、女性管理職比率を2025年までに10%へ引き上げる目標を設定しています。また、資生堂は「Be Yourself」という人的資本戦略を展開し、エンゲージメントスコアを毎年定量評価する仕組みを導入しています。

新規事業開発との関係

新規事業は、不確実性の高い領域に挑戦するため、社員一人ひとりの創造性と意思決定のスピードが成否を分けます。人的資本経営の観点を取り入れることで、以下のような効果が期待できます。

  • 経営戦略と連動した人材配置で、事業の方向性が明確になる
  • チーム間の心理的安全性が高まり、挑戦的なアイデアが生まれやすくなる
  • リスキリング投資により、新規事業の立ち上げスピードが加速する

つまり、人的資本経営は「人の可能性を最大化する経営」です。数字では測りにくい社員の情熱や学習力を「資本」として捉え、事業成長のエンジンへと転換することが、これからの新規事業開発において欠かせない視点となります。

ネイチャーポジティブとTNFD:環境戦略の次なるフロンティア

近年、世界の環境戦略は「脱炭素」から「自然再生」へと進化しています。その中核概念がネイチャーポジティブ(Nature Positive)です。これは、環境への悪影響を減らすだけでなく、自然資本を再生し、生態系サービスを高める取り組みを指します。世界経済フォーラム(WEF)は、自然損失の経済的影響は年間約44兆ドルに相当すると指摘しており、企業が自然との共存戦略を持たないことは、経営上の重大リスクとなっています。

この潮流を受けて2023年に注目を集めたのが、TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)です。TNFDは、企業が自然資本にどのような依存や影響を与えているかを開示する国際基準であり、TCFDの「自然版」と位置づけられています。すでに世界50か国以上、1,200社を超える企業が導入を表明しており、日本でも上場企業や金融機関の採用が進んでいます。

TNFDの4つの開示フレームワーク(LEAPアプローチ)

段階内容新規事業への示唆
Locate(特定)事業が自然環境に依存・影響する地点を特定サプライチェーンや生産拠点の環境影響を把握
Evaluate(評価)リスクと機会を定量化環境リスクを投資判断の一部に統合
Assess(分析)財務影響を評価生態系変化が事業収益に与える影響を分析
Prepare(対応)情報開示・対策計画の策定投資家向け開示や自然再生プロジェクトの設計

TNFDの最大の特徴は、「リスクの開示」だけでなく「機会の創出」までを重視している点です。たとえば、森林再生、湿地保全、ブルーカーボン(海洋吸収源)のような自然再生プロジェクトは、企業の新たな収益源となり得ます。環境省によると、日本の自然再生関連市場は2030年までに約20兆円規模に達する見込みであり、ネイチャーポジティブ経営は今後の成長戦略の中心に位置づけられるでしょう。

新規事業開発におけるネイチャーポジティブの活用

新規事業を構想する際には、自然資本の「消費者」ではなく「再生者」としての視点を持つことが鍵となります。

  • 農林水産業での生態系再生型モデル(リジェネラティブ農業)
  • 都市開発におけるグリーンインフラ・生物多様性設計
  • AI・衛星データを活用した自然リスクモニタリングサービス

これらはすでに欧米企業で収益化が進む分野です。自然との共生を前提にしたビジネスは、環境規制リスクを回避するだけでなく、新たな市場と社会的評価を同時に獲得する強力な成長軸となります。

実践企業に学ぶ:日本発ESGビジネスモデルの最前線

ESGを経営の中心に据える動きは、国内の大手企業でも加速しています。特に近年は、環境・社会課題を収益化につなげる「サステナビリティ統合型ビジネスモデル」が台頭しており、日本企業の創造力が世界から注目されています。

トヨタ:脱炭素社会への“マルチパス戦略”

トヨタ自動車は「カーボンニュートラルを全方位で実現する」という方針のもと、EVだけでなくHEV・FCEVなど複数技術を組み合わせる「マルチパス戦略」を採用しています。再生可能エネルギーの活用や水素エンジンの研究開発を進め、2035年までに生産工程のCO₂排出ゼロ化を目指す計画を打ち出しました。環境技術を中心に据えた新規事業は、グローバル市場での強固な競争力を支えています。

パナソニックHD:環境経営を利益モデルへ転換

パナソニックホールディングスは「Panasonic GREEN IMPACT」を掲げ、脱炭素ソリューションを中核事業に据えています。自社のCO₂削減にとどまらず、顧客企業や社会全体の削減効果を「インパクト量」として定量化し、2050年に年間3億トンの削減を実現するという壮大な目標を設定しています。これは単なる環境対策ではなく、環境課題を解決する製品・サービスを新たな収益源とする事業構造転換の一例です。

ユーグレナ:バイオテクノロジーで社会課題を解決

バイオベンチャーのユーグレナは、ミドリムシを原料としたバイオ燃料「サステオ」を開発し、航空・物流業界の脱炭素化に貢献しています。同社は、「社会課題をビジネスで解決する」ことを企業理念の中心に据えることで、投資家・自治体・大学との連携を強化し、持続可能なエコシステムを形成しています。

MUFG:金融によるESG変革の推進

三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は、グリーンファイナンスとインパクト投資を軸に、2030年までに35兆円規模のサステナブルファイナンス支援を行うと発表しています。特に、再エネ事業やスタートアップへの投資拡大は、金融業が「ESGを動かすエンジン」であることを示す象徴的な取り組みです。

これらの企業に共通するのは、ESGを「コスト」ではなく「価値創造のドライバー」と捉えている点です。サステナビリティを経営戦略に統合し、社会課題を事業機会に変える発想が、持続的な収益と社会的信頼を生み出しています。

新規事業開発者への学び

ESG経営を成功させる企業ほど、次の3つを徹底しています。

  • ESG目標を数値化し、KPIとして経営管理に組み込む
  • サプライチェーン全体を巻き込み、共創による価値創出を実現
  • 社会的価値と経済的価値を両立させるための長期ビジョンを保持

これからの新規事業開発では、こうした実践企業の知見を活かし、「社会課題×収益性」の両立を前提に設計することが成功の条件となります。ESGはもはや選択肢ではなく、成長のための必須戦略なのです。

信頼を守る戦略:グリーンウォッシュを防ぐ透明経営

ESG経営が社会の主流になる中で、近年特に注目を集めているのが「グリーンウォッシュ(Greenwashing)」問題です。これは、実際の取り組み以上に環境配慮を強調し、消費者や投資家を誤解させる行為を指します。企業が誠実にサステナビリティを推進していても、情報開示や表現方法を誤れば、ブランド信頼を一瞬で失いかねません。

消費者庁の調査によると、2023年には環境配慮を訴求する広告のうち約12%に「誤解を招く表現」が含まれていたとされています。また、欧州連合(EU)では2024年から「グリーンクレーム指令(Green Claims Directive)」が施行され、科学的根拠のない環境主張には罰則が科される見通しです。日本でも同様に、環境表示ガイドラインの改訂が進み、透明性の高い表現が求められています。

グリーンウォッシュの主なパターン

区分内容典型例
曖昧表現型科学的根拠のない環境アピール「地球にやさしい」「エコな製品」など根拠不明な表現
一部強調型一部の改善を全体の成果として誇張パッケージのみ再生素材使用など
データ非開示型数値的な裏付けの欠如CO₂削減量やリサイクル率の未公表
比較誤認型他社比較が不正確・限定的「業界最小排出」としながら範囲が限定されているケース

新規事業開発においても、こうしたリスクを避けるために、データとストーリーの両面から透明性を確保することが欠かせません。

  • 定量データに基づいた環境・社会効果の可視化
  • 第三者機関による認証(ISO14001、B Corpなど)の活用
  • ステークホルダーへの説明責任体制の構築

また、「誠実な開示が最大のブランド戦略」という考え方が重要です。顧客や投資家は、完璧な取り組みよりも「課題を認識し、改善に取り組む姿勢」に信頼を寄せます。

グリーンウォッシュを防ぐための経営姿勢は、単なるリスク回避ではなく、長期的な企業価値の維持に直結します。透明性と一貫性をもって社会と向き合う企業こそが、ESG時代の“真の信頼資本”を築くことができるのです。

未来への羅針盤:事業開発者のためのESG統合戦略

これまで見てきたように、ESGはもはや「社会的責任」ではなく「企業成長の新しい経営基盤」です。新規事業開発においても、サステナビリティを収益構造の中にどう組み込むかが、成功を左右する重要な要素となっています。

ESG統合戦略とは、環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)を分離せず、事業戦略・財務戦略・人材戦略を横断的に結びつける手法です。経営層から現場レベルまで一貫した視点を持つことで、企業価値と社会価値を同時に高める「二軸経営」を実現します。

ESG統合の3ステップ戦略

ステップ内容実践のポイント
1. 内部統合経営戦略とESG目標を一体化各部門KPIにESG指標を設定
2. 外部連携サプライチェーン・地域・顧客との共創共通目標による価値共創(Co-creation)
3. データ経営非財務情報の可視化と分析ISSB対応・統合報告書への反映

たとえば、ユニリーバはESG指標を役員報酬に連動させ、経営の意思決定に直結させています。日本でも、伊藤忠商事が「SDGs経営評価指標」を全社に導入し、事業ごとに社会貢献度を定量評価しています。このように、ESGをKPIとして経営の中心に据えることが、持続的成長の条件となっています。

新規事業開発におけるESG統合の実践法

  1. PoC(概念実証)段階から社会的インパクトを評価項目に含める
  2. 事業モデル設計に「再生・共有・多様性」の要素を組み込む
  3. 投資家・自治体・地域企業と共創し、社会課題を共に解決する

これにより、ESGは単なる「報告項目」ではなく、新規事業の成長ドライバーとして機能します。さらに、ESG統合を進める企業ほど、従業員エンゲージメントが高く、イノベーション創出率も上昇するという調査結果も示されています。

最後に、ESG統合戦略は「短期的な利益」ではなく「長期的な信頼」を積み上げる経営哲学でもあります。サステナブルな発想を基盤に持つ企業こそが、変化の激しい市場でブレない羅針盤を手にし、次の時代の価値を創り出す存在となるのです。