新規事業開発は、成功確率が低く、不確実性やリスクが常に伴う挑戦的なプロセスです。特に日本企業においては、意思決定の遅さやリスク回避的な文化、既存事業部門との摩擦などが障壁となり、チームの士気を維持することが難しくなります。
しかし、近年の研究やグローバル企業の実践が示すように、こうした厳しい状況を乗り越える鍵は、リーダーのマインドセットにあります。ギャラップ社の調査によれば、チームエンゲージメントの70%は直属のマネージャーやリーダーの影響によるとされ、リーダーの在り方がチームの成果に直結することが明らかです。
心理的安全性の醸成、内発的動機付けの支援、明確な目標設定、そして柔軟なファシリテーション。これらを統合したリーダーシップは、チームにエネルギーと方向性を与え、困難な局面を成長の機会に変えます。本記事では、最新の研究と実践事例をもとに、新規事業開発担当者が明日から取り入れられる「チームを鼓舞するリーダーマインド」の具体的な方法を解説します。
リーダーのマインドセットが新規事業開発の成否を左右する理由

新規事業開発は成功確率が低く、想定外の課題や市場変化に直面することが当たり前です。この困難な環境において、チームのパフォーマンスを大きく左右するのがリーダーのマインドセットです。米ギャラップ社の調査によると、チームエンゲージメントの70%は直属のマネージャーやリーダーによって決まるとされ、リーダーの思考や態度がチーム全体の士気や成果に直結することが明らかになっています。
特に日本では、世界的に見ても従業員エンゲージメントが低い水準にとどまっており、眠っているポテンシャルを引き出すことが成長の鍵となります。リーダーが心理的安全性を高め、挑戦を促す環境をつくることで、メンバーは恐れずに意見を出し、試行錯誤を繰り返すようになります。これにより、失敗から学び、イノベーションが生まれる循環が加速します。
また、新規事業開発は既存事業部門との摩擦や社内政治、リソース不足といった課題を伴います。こうした複雑な状況において、リーダーが自らの感情をコントロールし、チームに落ち着きと方向性を与えることは極めて重要です。リーダーが動揺してしまえばチームも不安定になり、意思決定の質が低下します。
重要なのは、リーダーのマインドセットが固定的な性格ではなく、意図的に育成可能な「OS(オペレーティングシステム)」であるという点です。つまり、心理的安全性を高める行動、内発的動機づけを支援するコミュニケーション、建設的な対立を促すファシリテーションといった具体的な実践を学び、習慣化することで、誰もがチームを鼓舞するリーダーへと成長できます。
リーダーシップの再定義:指揮ではなく育成へ
従来のリーダー像は「指示を出して部下を管理する存在」でしたが、現代の新規事業開発ではそれだけでは不十分です。リーダーシップは役職や権限ではなく、他者に影響を与え、方向性を示し、成長を促す行動能力と捉え直す必要があります。組織のあらゆる階層でリーダーシップが発揮されることで、変化に迅速に対応する柔軟なチームが形成されます。
リーダーシップとマネジメントは対立する概念ではなく、補完し合う存在です。リーダーシップがビジョンを示し、変革を推進する一方で、マネジメントは業務の安定と効率を担います。新規事業開発のリーダーは、この二つのモードを状況に応じて切り替える柔軟さが求められます。
観点 | リーダーシップ | マネジメント |
---|---|---|
焦点 | ビジョンと変革 | 実行と安定 |
アプローチ | 鼓舞とエンパワーメント | 計画と統制 |
時間軸 | 長期的 | 短期・中期的 |
中心的な問い | 何を、なぜ? | どのように、いつ? |
さらに現代では、変革型リーダーシップやサーバント・リーダーシップ、オーセンティック・リーダーシップといった理論が注目されています。変革型リーダーシップはフォロワーを鼓舞し、より高次の目的に向けて行動させることを重視します。
サーバント・リーダーシップは奉仕者としてチームメンバーを支援し、信頼とコミットメントを育てます。オーセンティック・リーダーシップはリーダーの自己認識と価値観の一貫性を基盤に、透明性と信頼関係を築きます。
こうした理論を実践的に取り入れることで、リーダーは単なる指揮者ではなく、チームの成長を設計する育成者として機能します。これにより、個々のメンバーが自律的に動き、チーム全体がイノベーションを生み出すエンジンとなるのです。
心理的安全性がイノベーションを加速させるメカニズム

心理的安全性とは、チーム内でメンバーが罰や恥を恐れずに意見を表明できる状態を指します。ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授は、心理的安全性を「対人リスクを取ることが安全だとメンバー全員が共有している信念」と定義しました。
Googleが行った「プロジェクト・アリストテレス」の研究では、高業績チームの最大の成功要因は心理的安全性であることが明らかにされています。心理的安全性が高いチームは離職率が低く、アイデアの共有が活発で、結果として収益性が高い傾向があります。
心理的安全性が低い職場では、メンバーは「無知に見られたくない」「邪魔だと思われたくない」といった不安から発言を控えるようになり、組織全体の学習能力が低下します。逆に、心理的安全性が高い環境では、失敗が学びの機会と捉えられ、メンバーは挑戦的なアイデアを提案しやすくなります。この違いは、新規事業開発のように不確実性が高い場面で特に顕著に表れます。
心理的安全性を高めるためにリーダーが実践できる行動は次の通りです。
- 仕事を「学習課題」として位置づけ、失敗を恐れず挑戦する文化をつくる
- 自らの弱みや間違いを率直に認め、メンバーが安心して発言できる空気を醸成する
- メンバーの意見を遮らずに傾聴し、対話を促進する
- 問題や失敗に対して非難ではなく建設的なフィードバックで応える
心理的安全性は「ぬるま湯」ではなく、高い基準と両立することで真価を発揮します。高い要求水準と安全な挑戦環境のバランスが取れたとき、チームは学習と成果の両方を最大化できるのです。
自己決定理論でチームのモチベーションを引き出す
モチベーションの源泉を理解することは、リーダーにとって欠かせない要素です。心理学者エドワード・デシとリチャード・ライアンが提唱した自己決定理論(Self-Determination Theory, SDT)は、内発的動機づけが人間の行動の質と持続性を左右することを示しました。外的報酬や罰則だけでは一時的な行動変化しか得られず、長期的なエンゲージメントにはつながりません。
自己決定理論では、人が高いモチベーションを発揮するために必要な3つの基本的心理欲求を提示しています。
欲求 | 内容 | リーダーが支援できる行動 |
---|---|---|
自律性 | 自分の意思で選択・行動している感覚 | 意思決定に参加させる、背景や目的を丁寧に説明する |
有能感 | 自分が成長していると実感する感覚 | 達成可能な挑戦的目標を設定し、フィードバックを提供する |
関係性 | 他者と心理的につながり、尊重されている感覚 | チームの一体感を育む、個人への関心を示す |
この3要素が満たされることで、メンバーは自律的に行動し、創造性や持続的努力が引き出されます。例えば、タスクを押し付けるのではなく、目的を共有して任せることで、自律性と責任感が高まります。また、スキルアップの機会を提供し、達成を認めることで有能感が刺激されます。
心理的安全性と自己決定理論は相互に作用します。安全な環境があるからこそメンバーは意思決定に参加でき、自律性が育まれます。失敗を恐れないことで新しい挑戦に取り組み、有能感を高める経験ができます。リーダーはこの二つの土台を意識的に整え、チームが内側から駆動する組織へと成長するよう導く必要があります。
成長と連携を生む対話の技術:1on1とフィードバックの再設計

新規事業チームでは、個々のメンバーが持つ不安や課題をタイムリーに把握し、成長を支援することが成果に直結します。そのために重要なのが1on1ミーティングと建設的なフィードバックです。1on1は単なる進捗報告の場ではなく、メンバーのモチベーション、キャリア、学びの課題を深く掘り下げるための「心理的安全な空間」であるべきです。頻度は2週間に1回程度が推奨され、キャンセルせず、落ち着いた環境で実施することが信頼関係構築に不可欠です。
フィードバックにおいては、SBIモデル(Situation・Behavior・Impact)が有効です。具体的な状況を明示し、事実ベースで行動を伝え、その結果生じた影響を共有することで、受け手が防御的にならず行動変容につながります。
ステップ | 内容 | 例 |
---|---|---|
Situation(状況) | 行動が起きた場面を明示 | 「昨日のクライアント提案会議で」 |
Behavior(行動) | 観察した行動を事実として伝える | 「データに基づいた提案を3案提示しましたね」 |
Impact(影響) | その行動がもたらした結果を共有 | 「おかげでクライアントの懸念が解消されました」 |
加えて、未来志向の「フィードフォワード」を取り入れると効果的です。これは過去の失敗を責めるのではなく、未来に活かせる強みや行動を一緒に考えるアプローチです。例えば「次のプレゼンではどんな工夫を試したいですか?」と問いかけることで、メンバーが前向きに改善策を考えやすくなります。
さらに、対立や難しい会話が避けられない場面では、NVC(非暴力コミュニケーション)を活用します。観察、感情、ニーズ、リクエストの4つの要素で対話を整理することで、相手を責めずに建設的な議論が可能になります。これらの技術を組み合わせることで、チームは相互理解を深め、成長と連携が加速します。
チームのライフサイクルとリーダー行動の最適化
チームは結成から成果を出すまでに段階的なプロセスを辿ります。心理学者ブルース・タックマンが提唱したモデルでは、形成期・混乱期・統一期・機能期・散会期の5つのステージを通過するとされています。リーダーは各段階に応じてスタイルを変化させる必要があります。
段階 | チームの特徴 | リーダーの役割 | 推奨アクション |
---|---|---|---|
形成期 | 互いを探り合い依存度が高い | 指示者 | 目的・役割を明確化、キックオフ会議 |
混乱期 | 意見の対立や衝突が発生 | コーチ | 対話を促進、役割の再確認、衝突の仲介 |
統一期 | 協力関係が芽生える | ファシリテーター | ルールや文化を定着、フィードバックの仕組み構築 |
機能期 | 自律的に高い成果を出す | 委任者 | 権限移譲、継続的改善(KPTなど) |
散会期 | プロジェクト終了 | 評価者 | 成果を称賛、学びを次に活かす |
特に混乱期は、対立を抑え込むのではなく健全な議論に変えることが重要です。リーダーが対立を恐れず、心理的安全性を確保した上で建設的な意見交換を促すと、チームは次の統一期に進みやすくなります。逆にここで対立を回避すると、表面的な調和は保たれても真の信頼関係は築かれず、成果が停滞するリスクがあります。
また、機能期に入ったチームでは、過度な管理ではなく、メンバーの自律性を尊重し、成長の機会を提供することが求められます。定期的なふりかえり(KPT法など)を活用し、改善点と成功体験を共有することで、継続的な学習と高パフォーマンスが維持されます。リーダーがチームの現在地を診断し、段階に応じた介入を行うことで、チームはより早く成果を最大化できます。
目的志向型目標設定(OKR)の実践と成果最大化
新規事業開発では、限られたリソースで成果を出すために明確な目標設定が不可欠です。近年注目されているのがOKR(Objectives and Key Results)です。OKRは、挑戦的かつ測定可能な目標を設定し、チームの努力を集中させるフレームワークです。GoogleやIntelなど世界的企業が導入しており、透明性と一貫性のある目標管理手法として広く認知されています。
OKRは「目的(Objective)」と「主要な結果(Key Results)」で構成されます。目的は「何を達成するか」を示す質的な目標で、チームが共感できる魅力的な表現にすることが重要です。一方、主要な結果は「どの程度達成したか」を測定する定量的指標で、3〜4個程度に絞ることでフォーカスを保ちます。
項目 | ポイント | 例 |
---|---|---|
目的 | 挑戦的かつ鼓舞する表現 | 「ユーザーが熱狂する新規アプリ体験を提供する」 |
主要な結果 | 測定可能かつ数値で追える | 「アクティブユーザー数を四半期で30%増加」「NPSを+20改善」 |
OKRの効果を最大化するためには、四半期ごとに設定・レビューを行い、進捗を可視化することが重要です。また、ストレッチ目標と現実的目標のバランスを取ることが、モチベーションを維持するポイントです。達成度が60〜70%程度になるよう設計することで、挑戦的な姿勢を維持しつつ、過剰なプレッシャーを回避できます。
さらに、OKRは単なる目標管理ではなく、対話と学習の仕組みでもあります。定期的なチェックインを行い、達成度だけでなくプロセスの振り返りや障害要因の特定をチームで共有することで、学習サイクルが回り、次の四半期に向けた改善が加速します。
多様性とレジリエンスを統合する現代型リーダーシップ
現代の新規事業開発は、不確実性と変化のスピードが激しい環境で行われます。こうした状況では、多様性を活かし、逆境から立ち直るレジリエンスを備えたチーム作りが鍵となります。多様なバックグラウンドや視点を持つメンバーは、問題解決の幅を広げ、イノベーションを促進します。しかし、多様性は衝突やコミュニケーションの難しさを生む側面もあるため、リーダーはそれを統合する力が求められます。
多様性活用の第一歩は、採用やチーム編成において異なる専門性や経験を積極的に取り入れることです。その上で、心理的安全性を確保し、意見の対立を建設的な議論に変えるファシリテーションが不可欠です。ダイバーシティ&インクルージョンを推進する企業では、意思決定の質が高まり、収益性も向上するという研究結果もあります。
さらに、レジリエンスの高いチームは困難な状況に直面しても迅速に立ち直り、学習して前進します。レジリエンスを高めるためには、以下の要素が有効です。
- 明確なビジョンと目的を共有し、困難の中でも方向性を見失わない
- 適度な裁量権を与え、自己効力感を高める
- 小さな成功体験を積み重ね、ポジティブな感情を育てる
- サポートネットワークを構築し、負担を分散する
リーダー自身もレジリエントであることが重要です。感情の自己管理、ストレス耐性、長期的視点を持つことで、チームに安心感と希望を与えます。多様性とレジリエンスを融合させた現代型リーダーシップは、変化を恐れるのではなく、変化を機会として活かす組織文化を育てるのです。