「既存事業の延長では、もう成長できない」。そう感じながらも、どのように新規事業を拡張し、組織を進化させるべきか悩んでいませんか。
米国フィンテック大手Block(旧Square)は、単なる決済端末企業から、事業者向けSquare、消費者向けCash App、BNPLのAfterpay、ビットコイン事業Protoまでを抱える“エコシステム企業”へと変貌しました。しかも今、その戦略は「拡大」から「統合と収益化」へと明確にフェーズを移しています。
機能別組織への再編「fn block」、Rule of 40へのコミット、Afterpayの再定義、そしてSquareとCash AppをつなぐNeighborhoods構想。大胆なM&Aと撤退判断を繰り返しながら、いかにして“エコシステムのエコシステム”を築こうとしているのか。本記事では、最新の投資家向け情報をもとに、新規事業開発責任者が学ぶべき戦略・組織・財務の要点を体系的に解説します。
- 単一プロダクト企業からエコシステム企業へ:Blockの進化の全体像
- 社名変更に込められた戦略意図と“Ecosystem of Ecosystems”構想
- fn blockとは何か:事業部制から機能別組織への大転換
- Rule of 40へのコミットメント:成長と収益性を両立させる財務規律
- Squareの垂直統合戦略:決済からSaaS・金融内製化へ
- 生成AIの全社実装:プロダクト開発と加盟店支援の高度化
- Cash Appの進化:P2Pから“主要銀行口座”を目指すスーパーアプリ戦略
- Afterpay買収の真価:Retroactive BNPLが拡張するTAM
- Neighborhoods構想:SquareとCash Appを接続するO2O戦略
- ビットコインへの長期投資:ProtoとBitkeyが描くインフラ戦略
- 戦略的撤退という意思決定:TBD縮小から学ぶ資源配分
- 日本市場のパラドックス:Square成功とCash App不在の背景
- Blockの事例から導く新規事業開発への実践的示唆
- 参考文献
単一プロダクト企業からエコシステム企業へ:Blockの進化の全体像
Blockの進化を理解するうえで出発点となるのは、2009年に登場した小型カードリーダーという単一プロダクトです。スマートフォンに差し込むだけで決済を可能にするこのプロダクトは、「決済の民主化」を掲げ、中小事業者を取り込むことで急成長しました。
しかし現在のBlockは、単なる決済会社ではありません。2021年の社名変更は、その事業構造が根本的に変わったことを象徴しています。Harvard Business Schoolのケーススタディでも指摘されている通り、同社は複数の経済圏を束ねる「エコシステムのエコシステム」へと進化しました。
現在の主要エコシステムは以下のように整理できます。
| 領域 | 主要プロダクト | 主な対象 |
|---|---|---|
| 事業者向け | Square | 中小企業・店舗 |
| 消費者向け | Cash App | 個人ユーザー |
| 接続・後払い | Afterpay | 加盟店と消費者 |
| ビットコイン | Proto・Bitkey | マイナー・個人保有者 |
Investor Day 2025で示されたキーメッセージは「connected ecosystemsによる収益性の高い成長」です。各事業が独立して売上を追うのではなく、相互接続によってトランザクションを内側に循環させる構造を目指しています。
例えば、Square加盟店でCash Appユーザーが支払い、Afterpayで分割し、その資金データが与信モデルに活用される、といった一連の流れがBlock内部で完結します。この設計により、外部プラットフォームに依存しないデータと収益の循環が生まれます。
注目すべきは、この拡張が無秩序に行われたわけではない点です。2024年以降、同社は「fn block」と呼ばれる機能別組織へ再編し、エンジニアリングやセールスを横断統合しました。プロダクト単位ではなく、能力単位で経営資源を再配置することで、エコシステム横断の開発とGTMを加速させています。
さらに、Rule of 40という財務規律を掲げ、成長と収益性の両立を明確にコミットしました。実験的色彩の強いTBD事業の縮小は、その象徴的な意思決定です。拡張と選択を同時に行うことで、巨大化する構造を持続可能な形に整えています。
単一プロダクト企業からエコシステム企業への進化は、単なる事業多角化ではありません。顧客接点、データ、資金移動を自社内で循環させる設計思想への転換こそが、Blockの全体像を読み解く鍵となります。
社名変更に込められた戦略意図と“Ecosystem of Ecosystems”構想

2021年12月、Square, Inc.は社名を「Block, Inc.」へと変更しました。この決断は単なるブランド刷新ではなく、事業構造そのものの再定義を意味します。Harvard Business Schoolのケーススタディによれば、同社は単一プロダクト企業から複数エコシステムを束ねる企業へと進化しており、その変化を最も端的に示す言葉が「Ecosystem of Ecosystems」です。
ジャック・ドーシーは、Square(事業者)、Cash App(消費者)、Afterpay(接続)、TIDAL(クリエイター)、Proto(ビットコイン)という複数の経済圏が、それぞれ自立しながらも相互接続する構造を構想しています。重要なのは、単なる多角化ではなく、各エコシステム間で価値とデータが循環する設計思想にあります。
| 旧Squareの軸 | Blockの構想 |
|---|---|
| 決済端末中心の収益 | 複数経済圏の統合による価値創出 |
| B2B中心 | B2B×B2C×クリエイター×暗号資産 |
| 外部金融レール依存 | 内部循環型ネットワークの構築 |
Investor Day 2025では「connected ecosystemsによるprofitable growth」が明確に打ち出されました。これは、個別事業の拡大ではなく、接続によって収益性を高める段階に入ったことを示しています。たとえばSquare加盟店とCash Appユーザーの接続は、決済手数料だけでなく、送客、与信、マーケティングへと波及します。
ここで鍵となるのが、社名に込められた「Block」という概念です。ブロックとは、ビットコインのブロックチェーン、街区(ブロック)、積み木のブロックなど、多層的な意味を持ちます。つまり小さな単位が積み重なり、連結することで全体価値を生む構造を象徴しています。
新規事業開発の観点で注目すべきは、ポートフォリオの広さではなく、接続可能性を起点に事業を評価している点です。Afterpay買収も、BNPL市場参入というより、SellerとCash Appを結ぶ結節点として位置付けられています。Q3 2024の株主書簡でTBDを縮小した判断も、接続性と収益規律を重視した結果と読み取れます。
つまりBlockは、多角化企業ではありません。相互運用可能な経済圏を設計する“構造企業”です。社名変更はその構造戦略を市場に宣言した転換点であり、エコシステム間の摩擦をいかに減らし、内部循環を最大化できるかが、今後の競争優位を左右します。
fn blockとは何か:事業部制から機能別組織への大転換
fn blockとは、Blockが2024年に断行した事業部制から機能別組織への大転換を指す言葉です。従来はSquare、Cash App、TIDALなどが独立したビジネスユニットとして存在し、それぞれがエンジニアリングやマーケティング機能を抱える「連邦制」に近い体制でした。
しかしInvestor Day 2025でも説明されている通り、この構造はプロダクトごとの最適化には有効でも、エコシステム全体の統合という次の成長段階には限界がありました。そこで同社は、組織の軸を「事業」から「機能」へと切り替えたのです。
| 従来 | fn block以降 |
|---|---|
| 事業部ごとにエンジニア・営業を保有 | 全社横断の機能別組織に統合 |
| プロダクト単位で最適化 | 技術・データ・GTMを共通化 |
| サイロ化・重複投資が発生 | リソース集中と再利用を徹底 |
最大の狙いは、エンジニアリング資産と顧客接点の共通化です。例えば、認証基盤やリスク管理モデルを事業横断で統合することで、開発速度の向上とコスト削減を同時に実現しようとしています。Blockの開示資料によれば、AIや自動化ツールを全社展開する基盤整備もこの再編の重要な目的でした。
また、セールス体制も一本化されました。Afterpay共同創業者ニック・モルナー氏が全社セールスを統括し、Square加盟店とCash Appユーザーを横断したクロスセルを推進しています。これは単なる組織変更ではなく、GTM戦略そのものの再設計です。
さらに重要なのは、意思決定構造のフラット化です。報道各社が伝えるように、階層を減らし責任と裁量を機能単位に集約することで、スタートアップ的なスピードを取り戻そうとしています。これはコスト削減施策というよりも、成長モデルをエコシステム統合型へ転換するための土台づくりと捉えるべきでしょう。
新規事業開発の観点で見れば、この転換は示唆に富みます。複数事業を抱えるフェーズでは、各事業の自律性よりも、共通基盤のレバレッジが競争優位を左右します。Harvard Business Schoolのケースでも指摘されているように、Blockはエコシステム間シナジーを最大化するために、組織構造そのものを戦略に合わせて再設計しました。
fn blockとは、拡張した事業群を再び一枚の布に織り直すための経営判断です。事業部制の成功体験を手放し、機能中心へと舵を切る覚悟こそが、この大転換の本質です。
Rule of 40へのコミットメント:成長と収益性を両立させる財務規律

高成長企業にとって最大の誘惑は「成長率さえ高ければよい」という発想です。しかしBlockは、Investor Day 2025において「収益性を伴う成長」へ明確にコミットする姿勢を打ち出しました。その象徴がRule of 40です。
Rule of 40とは、売上総利益成長率と調整後営業利益率の合計が40%を超える状態を指します。SaaS業界ではベンチマークとして広く用いられ、Bessemer Venture Partnersなども健全な成長企業の目安として言及してきました。
| 指標 | 内容 | 意味するもの |
|---|---|---|
| 売上総利益成長率 | トップラインの質的成長 | 市場拡大と競争力 |
| 調整後営業利益率 | 本業の収益力 | コスト統制とレバレッジ |
| 合計40%以上 | 成長+収益性の両立 | 持続可能な経営体質 |
Blockは2026年までの達成を目標に掲げ、2028年まで売上総利益の年平均成長率10%台半ば、調整後営業利益の年率30%成長という見通しを示しました。これは単なる財務目標ではなく、新規事業の採択基準そのものを変える宣言でもあります。
実際、Q3 2024の株主向け書簡で公表されたTBD事業の縮小は、その象徴的な判断です。技術的意義が高くても、明確な収益化と全社シナジーが見込めなければ資本を投下し続けない。この姿勢は、実験と規律を両立させる経営の成熟を示しています。
さらに重要なのは、Rule of 40が組織行動にまで影響している点です。機能別組織への移行やAIによる生産性向上は、固定費構造を軽量化し営業レバレッジを高める施策です。成長率が多少鈍化しても、利益率を引き上げることで合計値を維持できる設計になっています。
新規事業開発に携わる立場から見れば、この枠組みは問いを突きつけます。「その事業は売上を伸ばせるか」だけでなく、「いずれ営業利益率を押し上げる構造を持つか」が必須条件になります。
短期的なユーザー獲得や話題性ではなく、粗利の質、回収期間、既存アセットとの接続性まで含めて評価する。BlockのRule of 40へのコミットメントは、スケール後の苦しいリストラを避けるための予防線ではなく、成長局面における財務規律の内在化なのです。
Squareの垂直統合戦略:決済からSaaS・金融内製化へ
Squareは、単なる決済端末ベンダーから、SaaSと金融機能を内製化した垂直統合モデルへと進化してきました。創業当初の強みはカードリーダーによる決済の民主化でしたが、決済手数料ビジネスは価格競争に陥りやすく、長期的な差別化が難しい領域でもあります。
そこで同社は、特定業種向けの業務ソフトウェアを中核に据え、加盟店のオペレーション全体を支える戦略へと舵を切りました。Harvard Business Schoolのケーススタディでも指摘されている通り、Blockは「プロダクト」ではなく「経済圏」を構築する企業へと変貌しています。
たとえば、業種特化型SaaSは以下のように展開されています。
| プロダクト | 主な対象 | 提供価値 |
|---|---|---|
| Square for Restaurants | 飲食店 | POS、KDS、オンライン注文の統合管理 |
| Square for Retail | 小売店 | 在庫・仕入・バーコード管理 |
| Square Appointments | サロン等 | 予約管理と決済の一体化 |
これらは単なる付加機能ではありません。店舗運営の中枢に入り込むことでスイッチングコストを高め、サブスクリプション収益という安定かつ高粗利の収益源を確立しています。Investor Day 2025でも、収益性重視の方針が強調されており、SaaSの積み上げはその基盤となっています。
さらに大きな転換点が、産業銀行「Square Financial Services」の設立です。これにより、融資や預金を外部銀行に依存せず提供できるようになりました。
Square Loansでは、加盟店の決済データをもとに与信判断を行い、売上連動型で返済する仕組みを採用しています。従来の銀行融資と異なり、複雑な書類提出を必要とせず、キャッシュフローに応じて柔軟に返済できる点が中小事業者に支持されています。公式開示資料によれば、こうした金融サービスは加盟店のエンゲージメントを高める重要なドライバーと位置付けられています。
加えて、CheckingやSavings口座を通じて売上金を即時入金し、預金を内部循環させる設計も特徴的です。決済データ→融資→預金→再融資という資金ループを自社内で完結させることで、マージンと顧客接点を同時に握っています。
このようにSquareの垂直統合は、ハードウェア、SaaS、金融を段階的に積み上げた結果です。単発の新規事業ではなく、既存顧客基盤を軸に隣接領域へ拡張することで、リスクを抑えながら収益性を高める構造を築いています。新規事業開発においても、入口プロダクトからどこまでバリューチェーンを内製化できるかが、持続的競争優位を左右することを示す好例といえます。
生成AIの全社実装:プロダクト開発と加盟店支援の高度化
Blockは2024年以降、生成AIを単なる実験的機能ではなく、全社的な生産性基盤として再設計しています。その背景にあるのが、事業部制から機能別組織へ移行した「fn block」体制です。エンジニアリングやデザインを横断統合したことで、AIを個別最適ではなく共通基盤として展開できる環境が整いました。
Investor Day 2025の資料によれば、社内ではAIエージェント「Goose」や知識管理ツール「G2」が導入され、コード生成、仕様整理、ドキュメント検索などを自動化しています。これにより、開発者は保守運用から解放され、より高付加価値な機能開発へ集中できる体制が構築されています。
特に注目すべきは、加盟店向けプロダクトへの組み込み方です。Square AIとして提供される各機能は、業務プロセスの摩擦を直接的に削減する設計になっています。
| 機能 | 対象 | 価値 |
|---|---|---|
| Menu Generator | 飲食店 | メニュー説明文を自動生成し制作時間を短縮 |
| Generative Photography | 小売・EC | 商品画像を自動生成し撮影コストを削減 |
| Order Guide | レストラン | 仕入れ伝票を解析し在庫管理を自動化 |
例えばOrder Guideでは、紙の仕入れ伝票をアップロードするだけで品目や価格がデータ化され、在庫システムへ統合されます。これは単なる画像認識ではなく、原価管理や発注最適化まで含めた業務再設計です。
Squareの事例では、導入店舗が売上を大幅に伸ばしたケースも報告されており、データ活用と業務効率化が利益改善に直結する構造が確認されています。Harvard Business Schoolのケーススタディでも、Squareは決済会社ではなく「事業運営OS」として進化したと分析されています。
重要なのは、生成AIが加盟店のTime-to-Valueを短縮している点です。プロ品質の写真やコピーが即座に生成されることで、導入直後から売上機会を最大化できます。これは顧客獲得コストの低減とLTV向上に直結します。
さらに全社統合により、認証基盤やリスクモデルも共通化され、AIモデルの学習データが横断的に活用されています。プロダクト開発の高速化と加盟店支援の高度化が同時に進む構造こそが、Blockの生成AI戦略の本質です。
新規事業開発の視点で見れば、これはAI導入ではなく、組織設計・データ統合・顧客価値設計を一体で再構築する取り組みです。部分最適ではなく全社実装へ踏み込めるかどうかが、競争優位を左右します。
Cash Appの進化:P2Pから“主要銀行口座”を目指すスーパーアプリ戦略
Cash Appは、社内ハッカソンから生まれたシンプルなP2P送金アプリでしたが、現在は「主要銀行口座(Primary Bank)」のポジション獲得を目指す金融スーパーアプリへと進化しています。BlockのInvestor Day 2025によれば、月間アクティブユーザーは5,700万人規模に達し、その成長の質が戦略転換を物語っています。
転換の核心にあるのが「Inflows Framework(資金流入フレームワーク)」です。ユーザーがどれだけ資金をCash Appに預け、循環させているかを最重要KPIとし、残高そのものではなく「流入額」に注目する設計です。
| 指標 | 内容 |
|---|---|
| 月間アクティブユーザー | 約5,700万人 |
| ユーザー当たり流入額 | 1,255ドル(前年比+10%) |
| 戦略KPI | 総流入額の拡大 |
2024年第4四半期時点で、アクティブユーザー当たりの流入額は1,255ドルに達し、前年比10%増加しました。これは単なる送金利用ではなく、給与振込や日常支出の決済口座として利用が進んでいることを示唆します。
収益モデルも多層化しています。中核はCash App Cardによるインターチェンジ収益で、月間2,400万人超が利用しています。加えて、Instant Depositの手数料、ビットコイン取引手数料、そして少額短期融資のCash App Borrowが収益を支えます。
特にBorrowは、給与振込データなどの一次データを活用した与信モデルが特徴です。American Bankerが指摘するように、取引データを起点とする審査は従来型のクレジットスコア依存モデルとは異なる精度を生み出しています。データを握る者が信用を再定義するという構図です。
さらに、Cash App Payによってオンライン・オフライン決済へと踏み出し、カードネットワーク依存からの部分的脱却も図っています。自社エコシステム内で決済を完結させることで、マージン改善とデータ蓄積を同時に実現する狙いです。
新規事業開発の観点で重要なのは、機能追加の順番です。まず送金で獲得し、次にデビットカードで決済データを押さえ、そこから融資・投資へ拡張する。この階段設計こそが、顧客獲得コストを抑えながらLTVを最大化する戦略的アーキテクチャといえます。
Cash Appの進化は、プロダクト拡張ではなくポジション転換です。競合はもはや送金アプリではなく、伝統的なリテール銀行そのものなのです。
Afterpay買収の真価:Retroactive BNPLが拡張するTAM
Afterpay買収の本質は、単なるBNPL機能の獲得ではありません。真価はRetroactive BNPL(遡及的BNPL)によって、これまで限定的だった市場規模(TAM)を構造的に拡張した点にあります。
従来のBNPLは、加盟店のチェックアウト画面で選択されて初めて成立するモデルでした。つまり、Afterpayを導入している店舗でしか利用できず、TAMは「導入加盟店の流通総額」に制約されていました。
しかしCash App Cardと統合されたRetroactive BNPLは、この前提を覆します。
| 項目 | 従来型BNPL | Retroactive BNPL |
|---|---|---|
| 利用タイミング | 購入時に選択 | 購入後に変更可能 |
| 利用可能店舗 | 導入加盟店のみ | Visa加盟店全体 |
| TAMの定義 | BNPL導入GMV | デビットカード利用総額 |
American Bankerによれば、この仕組みではユーザーがCash App Cardで支払った後、アプリ上で対象取引を選び分割払いへ変更できます。これにより、BNPLの対象はAfterpay加盟店に限定されず、Visaネットワークが使えるあらゆる店舗へと拡張されました。
BNPLのTAMを「加盟店数」から「カード利用総額」へと再定義したことが、戦略的ブレークスルーです。
これは単なる機能追加ではありません。事業構造の変革です。
BlockはCash Appで給与振込データや日々の入出金履歴を把握しています。Investor Presentationでも示されている通り、ユーザーあたりの流入額は拡大傾向にあります。この一次データを活用することで、従来のクレジットスコアに依存しない精緻な与信判断が可能になります。
結果として、承認率を維持しながら貸倒リスクを抑制できる可能性があります。これはBNPL事業における収益性の鍵です。
さらに重要なのは、Retroactive BNPLが加盟店営業に依存しない点です。
従来のBNPLは加盟店開拓が成長のボトルネックでした。しかしRetroactive型では、ユーザー基盤の拡大こそが成長ドライバーになります。つまり、Square主導のB2B拡張ではなく、Cash App主導のB2C拡張でTAMが広がる構造です。
新規事業開発の視点で見れば、これは既存アセットの再組み合わせによるTAM拡張の典型例です。カードネットワーク、給与データ、アプリUXを統合することで、市場定義そのものを書き換えています。
Afterpay買収は高額でしたが、Retroactive BNPLによって市場の上限が引き上げられた今、その評価軸も再計算される局面に入っています。
Neighborhoods構想:SquareとCash Appを接続するO2O戦略
Neighborhoods構想は、SquareとCash Appという二つの巨大な基盤を“物理的な商圏”で結び直すO2O戦略です。2025年のInvestor Dayで示された通り、その狙いは単なる機能追加ではなく、発見・決済・還元までを自社エコシステム内で完結させることにあります。
Cash App内に新設されたNeighborhoodsタブでは、ユーザーが現在地周辺のSquare加盟店を地図上で閲覧し、店舗情報やメニューを確認できます。さらにCash App Payで支払うことで、特典やリワードを受け取れる設計です。
従来、Square加盟店の集客はGoogle MapsやYelpなど外部プラットフォームに依存していました。しかしNeighborhoodsは、最上流の「どこで買うか」という意思決定段階を自社アプリ内に取り込みます。Harvard Business Schoolのケーススタディが指摘するように、エコシステム戦略の本質は接点の支配にあります。
この構造を整理すると次の通りです。
| 接点 | 従来 | Neighborhoods導入後 |
|---|---|---|
| 店舗発見 | 外部レビューサイト | Cash App内マップ |
| 決済 | カードネットワーク経由 | Cash App Pay |
| 購買データ | 分断・外部保持 | Block内で統合管理 |
特に重要なのはデータ統合です。Squareは加盟店のPOSデータを、Cash Appは個人の資金流入・支出データを保有しています。両者が結合することで、エリア別の消費傾向や来店頻度を精緻に把握できます。Investor Day資料で触れられたBlock Statisticsの活用は、その空間分析を高度化する試みです。
さらに、Neighborhoodsは広告モデルへの布石でもあります。活性度の高いエリアを特定し、特定ユーザー層へプロモーションを配信できれば、加盟店にとっては従来よりROIの明確な集客手段となります。決済データと紐づいた広告は、オンライン広告よりも購買転換の可視性が高いのが特徴です。
競合との比較も明確です。PayPalやVenmoは消費者基盤を持ちますが、Squareのようなリアル店舗ネットワークを保有していません。一方、ToastなどのPOS専業は消費者向けアプリ基盤を欠いています。両側のネットワークを同時に持つこと自体が参入障壁となっています。
Neighborhoodsは単なるローカル検索機能ではありません。Blockが掲げる「connected ecosystems」を、オンラインからオフラインへ拡張する実験場です。O2Oを自社データで閉じるこのモデルが成功すれば、Blockは決済企業から“地域経済のオペレーティングシステム”へと進化することになります。
ビットコインへの長期投資:ProtoとBitkeyが描くインフラ戦略
Blockにとってビットコインは短期的なトレーディング対象ではなく、インターネット時代の基盤通貨を支えるインフラそのものです。その思想が最も明確に表れているのが、マイニング事業を担うProtoと、セルフカストディを実現するBitkeyです。両者は価格変動とは異なる次元で、エコシステムの根幹を押さえる戦略的投資と位置付けられています。
2025年に発表されたProto RigおよびProto Fleetは、Blockが独自に開発した3ナノメートルのビットコインマイニングチップを中核とするモジュール型システムです。Nasdaqのリリースによれば、従来機と比べて修理や部品交換を前提とした設計思想が採用され、耐久性と保守性が重視されています。これは単なる性能競争ではなく、マイニング産業の構造課題に踏み込むアプローチです。
| 項目 | 従来型マイニング機 | Proto Rig |
|---|---|---|
| 設計思想 | 高性能重視・一体型 | モジュール型・修復可能性重視 |
| 運用前提 | 故障時は交換 | 部品単位で保守 |
| 戦略的位置付け | 価格依存型収益 | インフラ基盤の確立 |
さらに注目すべきは、AIやHPC向けデータセンター用途への応用可能性が示唆されている点です。The Blockなどの報道が指摘する通り、マイニング企業がAIインフラへシフトする動きは加速しています。Blockもハードウェア技術を汎用化することで、ビットコイン価格のボラティリティリスクを分散しようとしています。
一方のBitkeyは、秘密鍵をユーザー自身が管理できるセルフカストディ型ウォレットです。取引所破綻リスクが顕在化した過去の事例を踏まえると、資産の自己主権を担保するUX設計は、単なるプロダクト改善ではなく信頼回復の装置と言えます。指紋認証やモバイル連携により、専門知識がなくても安全性を確保できる設計が採用されています。
この二つを並べると、Protoはネットワークの供給側インフラ、Bitkeyは利用者側インフラを担っています。つまりBlockは、マイニングから保管までを射程に入れた垂直統合モデルを志向しているのです。
投資家向け説明資料でも、ビットコイン関連投資は短期的利益よりもエコシステム強化の文脈で語られています。新規事業開発の観点では、将来の市場拡大を前提にレイヤー構造の下層を取りに行く戦略と捉えられます。アプリや金融サービスは競争が激化しますが、インフラは一度ポジションを確立すれば長期的優位を維持できます。
ProtoとBitkeyは、そのための布石です。Blockはビットコインをサービスの一機能として扱うのではなく、次世代の経済レールとして再設計しようとしています。この視点こそが、同社の長期投資戦略を読み解く鍵になります。
戦略的撤退という意思決定:TBD縮小から学ぶ資源配分
新規事業において最も難しい意思決定は「始めること」ではなく「やめること」です。Blockが2024年第3四半期の株主向け書簡で発表したTBD事業の縮小は、その象徴的な事例です。Web5という分散型ID基盤の構築は同社の思想と整合的でしたが、あえてブレーキを踏みました。
この判断の背景にあるのが、Investor Day 2025で明確に掲げられた財務規律、Rule of 40です。売上総利益成長率と調整後営業利益率の合計で40%以上を目指すという基準は、感情ではなく数値で資源配分を決める枠組みです。
TBD縮小の構造を整理すると、意思決定のロジックが見えてきます。
| 観点 | TBD(Web5) | 再配分先(例:Proto等) |
|---|---|---|
| 収益化までの距離 | 中長期・不透明 | 比較的明確 |
| 中核事業との即時シナジー | 限定的 | ビットコイン戦略と直結 |
| Rule of 40への貢献 | 短期的貢献は小さい | 利益改善余地あり |
特に注目すべきは「機会費用」の観点です。エンジニアリング人材や資本をTBDに固定し続けることは、Protoによるマイニングインフラ開発やCash Appのコマース強化といった、より収益インパクトの大きい領域への投資機会を失うことを意味します。
Morningstarが報じた中期財務目標でも、Blockは営業レバレッジの向上を強調しています。利益成長率30%超を掲げる中で、短期的なキャッシュ創出力が乏しい実験的事業はポートフォリオの再評価対象にならざるを得ません。
ここで重要なのは、撤退が失敗の証明ではないという点です。むしろ、仮説検証の結果として「今は最適解ではない」と判断したにすぎません。Harvard Business Schoolのケーススタディでも、Blockはエコシステム統合を軸に事業を再編してきた企業として分析されていますが、その過程には常に選択と集中がありました。
新規事業責任者にとっての示唆は明確です。第一に、撤退基準を事前に定量化しておくこと。第二に、撤退後の資源再配置シナリオまで設計しておくこと。そして第三に、撤退を組織の士気低下ではなく学習成果として位置づけることです。
戦略的撤退とは、縮小ではなく再投資の起点です。TBD縮小は、Blockが理想と規律の両立を選んだ事例であり、資源配分こそが経営そのものであることを示しています。
日本市場のパラドックス:Square成功とCash App不在の背景
日本市場におけるBlockの展開は、グローバル戦略の中でも象徴的なコントラストを示しています。事業者向けのSquareは着実に浸透している一方で、米国で5,000万人超のMAUを抱えるCash Appは日本で展開されていません。
この「成功と不在の同時存在」こそが、日本市場のパラドックスです。その背景には、単なる市場規模の問題ではなく、規制構造・競争環境・消費者行動の三層構造があります。
| 領域 | Square(日本) | Cash App / Afterpay(日本) |
|---|---|---|
| 主対象 | 中小事業者 | 一般消費者 |
| 競争環境 | POSのデジタル化余地 | PayPay等が高シェア |
| 規制負荷 | 決済代行中心 | 資金移動業登録等が必要 |
Square成功の第一要因は、プロダクトと市場特性の適合です。日本の小規模店舗は省スペースかつデザイン性を重視する傾向が強く、コンパクトで洗練された端末は高い受容性を持ちました。実際、Squareの国内事例では、導入後に売上が大幅に伸長したケースも紹介されています。
さらに「最短翌日入金」「一律手数料」という透明性は、従来の複雑な加盟店契約に不満を持つ事業者にとって明確な価値でした。交通系ICやiDなど国内独自決済への迅速対応も、ローカライズ戦略として奏功しています。
一方、Cash Appが参入していない理由は構造的です。日本でP2P送金を行うには資金決済法に基づく登録や厳格な本人確認が求められます。Chambers & Partnersのフィンテックガイドでも、日本はノンバンクに対する規制枠組みが明確かつ厳格であると指摘されています。
加えて、PayPayは6,000万人超のユーザー基盤を持ち、大規模還元施策でQR決済のデファクトとなりました。この状況で後発アプリが同水準の顧客獲得を行うには、極めて高いCACが想定されます。
BNPL領域も同様です。PaidyやNP後払いが先行し、さらに日本のクレジットカードには標準で分割・リボ機能が組み込まれています。Afterpay型の「4回払い」は、米国ほどの革新性を持ちにくい市場構造です。
結果としてBlockは、日本ではB2Bに資源を集中し、B2Cはあえて参入しないという選択をしています。これは撤退ではなく、ポートフォリオ最適化です。
新規事業開発の視点で重要なのは、「成功モデルの横展開」ではなく「市場構造への適応」です。日本市場のパラドックスは、グローバル企業であっても一律戦略では勝てないことを示しています。
Blockの事例から導く新規事業開発への実践的示唆
Blockの軌跡から導ける最大の示唆は、新規事業を「単体の成功確率」で評価しないことです。エコシステム全体に与える波及効果まで含めて設計する視点が、同社の意思決定を一貫して貫いています。
Harvard Business Schoolのケースでも指摘されているように、BlockはSquareとCash Appという異なる顧客基盤を持ちながら、相互接続によって価値を増幅させる構造を築いてきました。単発のプロダクト最適ではなく、全体最適を前提にした事業開発です。
新規事業は「収益源」ではなく「接続点」として構想することで、競争優位が持続します。
例えばAfterpay買収は、BNPL市場への参入というよりも、Square加盟店とCash Appユーザーを結ぶ“接着剤”として機能させる狙いが本質でした。American Bankerによれば、Cash App Cardにおける遡及的BNPLは、Visa加盟店全体を対象市場に変えました。これは単なる機能追加ではなく、既存資産の再結合による市場拡張です。
| 視点 | 従来型新規事業 | Block型アプローチ |
|---|---|---|
| 目的 | 単体売上の拡大 | エコシステム接続の強化 |
| KPI | 個別収益性 | 流入額・相互利用率 |
| 評価軸 | 短期ROI | 全体LTV増幅 |
第二の示唆は、組織構造を戦略に合わせて再設計する覚悟です。「fn block」による機能別組織への移行は、サイロを壊し、エンジニアリングやセールスを横断統合しました。Investor Day 2025でも強調された通り、これはコスト削減ではなく、接続戦略を実装するための構造改革でした。戦略と組織が不整合のままでは、エコシステム統合は絵に描いた餅になります。
第三に重要なのが、明確な財務規律を持ちながら実験する姿勢です。Rule of 40を掲げ、TBD事業を縮小した判断は、ビジョンよりも資本効率を優先した象徴的な事例です。成長と収益性を同時に追う数値基準を設定することで、撤退判断を感情から切り離しています。
新規事業責任者にとっての実践的示唆は明快です。事業を「増やす」ことよりも、「どう既存資産と接続し、全体の価値を引き上げるか」を問い続けることです。その設計思想、組織構造、評価指標まで一貫させたとき、初めてエコシステム型の成長が実現します。
参考文献
- Block:Inside Block’s 2025 Investor Day: Building for Profitable Growth Through Connected Ecosystems
- Morningstar:Block Shares Multi-Year Financial Outlook at Investor Day
- American Banker:Inside Afterpay’s integration with Cash App Card
- Square:Introducing Neighborhoods on Cash App, a Neighborhood Network that Levels the Playing Field to Drive Local Business Growth
- Business Wire:Square, Inc. Announces Plans to Acquire Afterpay, Strengthening and Enabling Further Integration Between its Seller and Cash App Ecosystems
- The Guardian:Jack Dorsey’s Block to lay off nearly 1000 workers in another reorganization
