インフルエンサーマーケティングが全盛だった時代はすでに過去のものとなり、今は「影響力の質」が問われる転換期にあります。かつては拡散力とフォロワー数が最重要とされていましたが、今の消費者は演出や過度な宣伝に敏感になり、信頼できる情報源だけを厳選して受け取るようになっています。
日本ではステマ規制の強化、SNS疲れ、タイパ至上主義といった独自の文化的背景が重なり、従来型インフルエンサーの価値は急速に低下しています。その一方で、コミュニティや専門性、透明性を軸にした新たな成功モデルが台頭し、企業の新規事業戦略には大きな再設計が求められています。
本記事では、膨大なデータや具体事例をもとに、インフルエンサーの影響力が変質した理由と、新規事業担当者が取るべき次世代のアプローチを体系的に解説します。
影響力のパラダイムシフト:なぜ今インフルエンサーが機能しなくなったのか
スマートフォンとSNSが爆発的に普及した2010年代、個人がマスメディア級の影響力を持つという現象は革新的でした。しかしKadenceの調査が示すように、日本ではSNSを信頼できると感じるユーザーが39%に留まり、かつて存在した「インフルエンサー=信頼の象徴」という構図は大きく揺らいでいます。この信頼の断絶こそ、影響力が機能しなくなった核心です。
背景には、宣伝色の強い投稿への嫌悪や、アルゴリズム変更によるリーチ低下が重なっています。Influencer Marketing Hubによれば、Instagramの平均エンゲージメント率は2021年の2.18%から2024年には1.59%へと低下し、フォロワー基盤そのものが影響力の源泉として弱まっています。
さらに、消費者側の心理も激変しています。EcoCenterが指摘する「More life, less stuff」の価値観の普及により、購買を煽る投稿はかえってストレス源となり、RedditやTikTokでは「買うな」と助言するデ・インフルエンシングが支持されています。これは、従来のインフルエンサー型消費を根底から否定する動きです。
| 要因 | 影響 |
|---|---|
| 信頼性の低下 | 広告と実体験の乖離が拒否反応を誘発 |
| アルゴリズム変動 | フォロワーへの到達率が減少 |
| 消費価値観の変化 | 煽り型コンテンツの効力が低下 |
加えて、同志社大学・高橋教授の研究が示すように、インフルエンサーの信頼性を構成する要素の中でも「類似性」と「信頼性」が大きく毀損しています。成功に伴う生活レベルの乖離が進むほど、フォロワーはインフルエンサーを「自分とは別世界の存在」と認識し、パラソーシャル関係は冷却します。
- 羨望が嫉妬へ転化しやすい社会情勢
- 購買につながる感情形成プロセスの断絶
このように、かつての「憧れに基づく影響力」は持続不可能となり、現代では「信頼を基盤とした共感・共創型の影響力」へとパラダイムが完全に移行しています。
世界的に拡大するデ・インフルエンシングと日本市場へのインパクト

世界的に拡大するデ・インフルエンシングは、消費文化そのものに対する反動として生まれ、インフルエンサーマーケティングの前提を覆す潮流へと成長しています。EcoCenterによれば、インフレや生活コスト上昇を背景に、消費者の間では「More life, less stuff」という価値観が急速に支持を集め、無駄な購買推奨への嫌悪感が強まっています。この変化は、SNSで拡散される“マストバイ”情報の信頼性を揺さぶり、世界のデジタル広告構造に深い影響を与えています。
特にTikTokでは「#deinfluencing」や「#underconsumption」などのハッシュタグが数億回再生され、買うべきではない商品を率直に紹介する投稿が人気を獲得しています。Lemon8などでも、高額ブランド品の代替品(Dupes)を推奨する動きが拡大しており、専門家レビューによれば、これはブランドロイヤルティの構造が崩れつつあることを示しています。
さらに、サステナブル思考の高まりにより、ファストファッションのような短期消費モデルに対して批判が強まり、「長く使えるもの」への回帰を促すクリエイターが支持を集めています。Fourthwallの分析でも、ユーザーの関心は演出された華やかさよりも、正直で等身大のレビューへ移行していると指摘されています。
| 主要要因 | 影響 |
|---|---|
| インフレ・生活コスト上昇 | 購買プレッシャーへの嫌悪増加 |
| Dupes文化の拡大 | ブランド価値の希薄化 |
| サステナブル志向 | タイムレス消費への転換 |
日本でもこの潮流は急速に可視化しており、特に観光やライフスタイル領域で顕著です。Redditの日本旅行コミュニティでは、SNSでバズるスポットへの過度な期待に対する修正が議論され、「行列の価値は低い」「過度に持ち上げられた店舗よりもローカル体験が良い」といった意見が支持を集めています。これは、海外旅行者のみならず日本の生活者においても“演出された情報”より“実用的で誠実な情報”が重視されている証拠です。
さらに象徴的なのが、旅行系インフルエンサーSabina Trojanovaの転向です。Adventure.comによれば、彼女は従来型の宣伝中心の活動に限界を感じ、デ・インフルエンサーへと自ら舵を切りました。その結果、一時的にフォロワーは減少したものの、より深い信頼を獲得し、オーディエンスとの関係性はむしろ強固になっています。
この世界的な潮流は、日本企業の新規事業開発において「従来型の影響力」に依存する戦略がもはや機能しないことを示しています。消費者は“本音”と“透明性”を求め、企業やクリエイターがどれほど誠実に向き合うかが、信頼の基準へと変わりつつあります。
日本特有のSNS環境と「信頼」をめぐる消費行動の変化
日本のSNS環境では、欧米とは異なる独自の「静けさ」と「慎重さ」が支配しています。Kadenceの調査によれば、日本でSNSをニュースとして信頼するユーザーはわずか39%で、世界でも突出して低い割合です。この構造的不信が、インフルエンサーの影響力を弱め、企業が従来型のSNS活用に苦戦する背景となっています。
特に高年齢層を中心に誤情報への警戒が強く、SNS発のトレンドよりも、確実で裏付けのある情報を優先する行動が目立ちます。日本のユーザーにとって鍵となるのは「何が流行っているか」ではなく「誰を信じられるか」なのです。
さらに、Z世代を中心とした「比較疲れ」も深刻です。Kadenceのレポートでは、日本の若年層はSNSを「消耗するもの」と捉え、過度な演出や刺激的な主張を避ける傾向が強いとされます。日本特有の調和を重んじる価値観と炎上嫌いが合わさり、過度に自己主張するインフルエンサーはフォロー解除やミュートの対象となりやすい状況です。
日常生活のリズムもSNSの使われ方に影響しています。Comms8によれば、日本のインターネット利用は隙間時間に集中し、平均利用時間は1日3時間45分と世界でも短い水準です。このため、ユーザーは冗長なコンテンツを嫌い、「タイパ」を最重視します。ITmediaの調査が示す通り、結論の先延ばしや意図が不透明なPR投稿は、数秒で離脱されます。
- 冗長な前置きのある動画はすぐスキップされる
- PR色が見える投稿は信頼を損ねやすい
- 短く要点が明確な情報が選ばれる
こうした背景から、日本のSNSでは派手な拡散よりも、静かで濃い信頼関係が重視される方向へと移行しています。影響力の源泉が「話題性」から「精度と誠実さ」へと移り変わっていることが、日本市場の特異性を形づくっています。
データが示すエンゲージメント低下とROI悪化の実態

インフルエンサーマーケティングの実効性が揺らいでいることは、複数のデータが明確に示しています。特に注目すべきは、フォロワー数が増えても成果につながらないという構造的な限界が、数値として可視化され始めている点です。Influencer Marketing Hubのレポートによれば、Instagramの平均エンゲージメント率は2021年の2.18%から2024年には1.59%へと低下し、わずか3年間で約27%も減少しています。
この低下は単なる一時的な変動ではなく、アルゴリズムの変化やコンテンツ過多による構造要因が背景にあります。特にMeta社がReelsを優遇する設計に移行したことで、フォロワーに投稿が届きにくい「オーガニックリーチの死」が発生しており、従来の運用手法が通用しなくなっています。
| 年 | 平均エンゲージメント率 |
|---|---|
| 2021年 | 2.18% |
| 2024年 | 1.59% |
一方で市場規模は拡大を続けています。JapanBuzzによれば、日本のインフルエンサーマーケティング市場は2024年に860億円、2029年には1645億円に達すると予測されています。しかしこれは、成果が高まっているからではなく、**単価の高騰と広告予算の避難先として機能している結果に過ぎない**と専門家は指摘しています。
さらに米国市場では、ROIが確保できないことを理由に、ブランドが高額なインフルエンサー案件から撤退し、UGCやナノインフルエンサーへ投資を移す動きが加速していると報告されています。これは、日本でも同様の最適化圧力が迫ることを示唆しています。
- 単価は上昇するが効果は低下
- フォロワー数と実際の影響力の乖離が拡大
これらのデータは、従来の「フォロワー依存型モデル」が機能不全に陥りつつある事実を裏付けています。もはや単純なリーチ確保だけでは費用対効果が見込みにくく、事業開発における再定義が避けられない段階に来ています。
ステマ規制が企業とインフルエンサーにもたらした構造的リスク
ステマ規制の施行は、企業とインフルエンサー双方にとって、単なる法改正ではなく構造そのものを揺るがす転換点となりました。リデルの調査では、規制開始から1年でインフルエンサーの約75%が依頼方法の変化を実感しており、この数値は現場の萎縮と混乱の深刻さを如実に示しています。特に「広告表記の義務化」は、従来の自然な投稿による訴求力を大幅に弱め、広告嫌悪層の離脱を加速させています。
さらに異様なのは、依頼がないにもかかわらず自発的に「#PR」を付ける勝手広告が3.6%発生した点で、Web担当者Forumによれば、これは「疑われるくらいなら広告扱いにしてしまう」過剰防衛の表れだとされています。この自律的萎縮は、企業との連携を前提とした従来のインフルエンサーモデルを崩壊寸前に追い込んでいます。
実際の摘発事例は、企業側の責任範囲が想定より広いことを示しています。Sendhuの分析によれば、RIZAPのchocoZAP案件では、インフルエンサー投稿の二次利用時に広告表記を欠いた点が違反とされ、企業は「インフルエンサー任せ」にできない構造へ追い込まれました。
| 年 | 対象 | 示唆 |
|---|---|---|
| 2024年6月 | 内科クリニック | 口コミ誘導も規制対象 |
| 2024年8月 | RIZAP | 二次利用でも広告明示義務 |
これらは、インフルエンサー施策がもはや「広告主のリスク管理能力」に強く依存する領域へ変質したことを意味します。特に二次利用の罠は多くの企業が軽視しがちな論点であり、景品表示法の実務運用に精通していない新規事業チームほど危険度が高まります。
- PR表記の有無は企業責任として問われる
- 曖昧な依頼内容はリスクを増幅させる
Kadenceが示す日本ユーザーの高い誤情報警戒感も重なり、規制後は「広告と本音の境界線」が一層シビアに評価される環境へ移行しています。結果として、インフルエンサーは投稿の自由度を失い、企業は表現チェックとコンプライアンス対応の負担が急増し、双方が持続可能性を失う構造的リスクが浮き彫りになっています。
学術研究から読み解く「憧れの崩壊」と心理的距離の拡大
インフルエンサーとフォロワーの関係が急速に冷却化している背景には、学術研究が示す「憧れの崩壊」と心理的距離の拡大が深く関わっています。同志社大学・高橋広行教授の研究によれば、影響力の源泉であるパラソーシャル関係は類似性の低下と信頼性の損失によって脆く崩れ始めるとされています。
かつて「私たちと同じ生活者」だったインフルエンサーは、成功による生活水準の乖離やステマ疑惑の露見により、フォロワーの心理的距離を急激に広げています。この距離の拡大は、単なる好感度の低下にとどまらず、社会心理学が指摘する「悪性の羨望」への転化を引き起こします。
高橋教授の研究では、憧れが購買意欲を高める「良性の羨望」と、相手を引きずり下ろしたくなる「悪性の羨望」の二種類が存在することが示されています。経済的不安や生活格差の拡大は、この境界線を曖昧にし、インフルエンサーの華やかな投稿は「自分には届かない現実」を突きつける刺激として作用しやすくなっています。
- 生活格差の可視化が類似性を喪失させる
- 過度な自己演出が信頼性を揺るがす
- 不寛容なSNS環境が悪性の羨望を加速させる
この構造は、炎上トレンドの変化にも表れています。シエンプレの分析によれば、2024年は炎上件数が減少傾向にあり、以前のような大規模炎上よりも、フォロワーが静かに離れていく「無視」という形での制裁が増えている可能性が示唆されています。これは、心理的距離が限界まで広がり、もはや怒りすら向けられない状態とも解釈できます。
さらに、デ・インフルエンシングの流行は、インフルエンサーへの信頼性の低下に対する集合的な反応として理解できます。過剰消費を煽られることへの不満や、「本当に私たちのことを考えているのか」という疑念が積み重なり、かつての憧れの対象は、フォロワーと心理的に断絶された存在へと変わっていきます。
こうした心理的距離の拡大は、新規事業開発において「誰に語ってもらうか」よりも、「なぜその人が語るのか」という必然性を重視すべき時代への移行を意味しています。憧れに依存したモデルは崩壊しつつあり、信頼と共感を基盤とした関係構築が、再び影響力を取り戻す鍵となります。
ポスト・インフルエンサー時代の成功モデル分析:ワークマン、スノーピーク、LIPS
ポスト・インフルエンサー時代において特徴的なのは、ワークマン、スノーピーク、LIPSの3社がいずれも「影響力の外部調達」ではなく「共創・コミュニティ・専門知」という内発的価値を軸に市場を拡張している点です。いずれの事例も、Influencer Marketing Hubが指摘するエンゲージメント率低下の潮流を前提に、フォロワー数依存から脱却していることが際立っています。
まずワークマンは、ダイヤモンド・オンラインによればアンバサダーへの報酬を支払わないという常識破りの運用を徹底し、代わりに製品開発への参加権を付与しています。これは従来のPR依存型モデルではなく、開発段階からユーザー視点を内包する共創型モデルであり、特に釣り・アウトドアなど熱量の高い領域で強い支持を獲得しています。アンバサダーは商品を“紹介する”のではなく“自分が作った”と語れるため、信頼性と熱量が自然に高まります。
次にスノーピークは、Newscastなどが紹介するように「スノーピーカー」と呼ばれる熱量の高い顧客コミュニティをブランド成長の中心に据えています。ここでは企業が発信者となるのではなく、顧客同士が価値を交換する多中心型の構造が成立しており、従来型インフルエンサーの一方向的なモデルとは全く異なります。QURUWAのように地域プロジェクトへコミュニティを巻き込む取り組みは、社会的価値を媒介にブランドの影響力を拡張する仕組みとして機能しています。
| 企業 | 成功の核 | 中心人物 |
|---|---|---|
| ワークマン | 共創と専門性 | アンバサダー(開発参加者) |
| スノーピーク | コミュニティの自走 | 顧客=伝道師 |
| LIPS | 専門知の可視化 | 成分分析ユーザー |
一方、LIPSは「人気者」ではなく「専門知」を評価軸にした構造を確立しています。noteのLIPS laboによれば、クリスマスコフレ購入の90%以上が自分用であるというデータが示す通り、ユーザーは“失敗しない選択”を求めています。そのため、成分分析やパーソナルカラーといった専門性を持つ一般ユーザーの投稿こそが最も信頼され、有名インフルエンサーはむしろ優位性を失いつつあります。
この3社に共通するのは、影響力を外部から借りるのではなく、**ユーザー自身の知識・経験・関与**を企業価値へと変換する仕組みを構築している点です。これこそが、エンゲージメント率低下や広告不信が進む現在における、持続可能な成功モデルの本質といえます。
新規事業開発が今すぐ取り組むべき5つの戦略アクション
新規事業開発がいま直面している環境は、インフルエンサーの影響力低下やステマ規制の強化、そしてデ・インフルエンシングの浸透など、過去10年とは質的に異なるものです。こうした変化を前提に、企業が取るべき行動は明確です。以下の5つの戦略アクションは、Influencer Marketing HubやKadenceの調査が示すデータに基づく実践的かつ即効性の高い指針となります。
第一に取り組むべきは、KPIをリーチからレバレッジへ切り替えることです。Instagramの平均エンゲージメント率が2021年の2.18%から2024年には1.59%まで低下したというInfluencer Marketing Hubのデータは、大量リーチがもはや成果に結びつかない現実を示しています。指名検索数や保存数など、事業成長への寄与が明確な指標へ移行する必要があります。
| KPI | 旧来型 | 次世代型 |
|---|---|---|
| 評価基準 | フォロワー数・インプレッション | 指名検索数・保存数・コミュニティ浸透度 |
第二に、社員インフルエンサーの育成です。Kadenceが示す日本人のSNS不信の高さを踏まえれば、最も信頼される発信者は社員であるという結論は合理的です。ワークマンが成功しているように、プロセス公開や開発者の語りは強力な信頼を生みます。
第三はSNSのSEO化です。TikTokが検索行動の主要チャネルとなる中、辞書的価値を持つコンテンツは長期資産化し、新規事業の初期フェーズでも安定した流入を実現します。
- 使い方や比較など、検索ニーズの高いテーマを中心に設計する
- 短尺でも情報密度を高め、タイパ重視の日本市場に最適化する
第四は透明性の徹底です。デ・インフルエンシング潮流が示すように、欠点を含めた情報開示こそが信頼の源泉になります。企業が自ら不利な情報も公開する姿勢は、消費者の疑念を払拭し、ブランド価値を高めます。
第五は法務・コンプライアンスの攻めの活用です。RIZAPの二次利用に関する措置命令のように、法令違反は即座に信用毀損につながります。裏を返せば、コンプライアンスを徹底できる企業のみが競争優位を獲得できます。
