新規事業を立ち上げても、思うようにスケールしない。既存事業の延長線では成長の天井が見えている。そんな課題感を抱えている方は少なくないのではないでしょうか。
特に近年は、インフレや人手不足、巨大プラットフォーマーの台頭などにより、従来モデルのままでは競争力を維持できないケースが増えています。その中で注目を集めているのが、米国のInstacartが実行した大胆な戦略転換です。
かつて「食料品版Uber」と呼ばれた同社は、配送依存のビジネスから脱却し、小売業者を支援する“リテール・イネーブラー”へと進化しました。広告、AI、ヘルスケア、店舗DXといった複数の新規事業を束ね、収益構造そのものを変えています。
本記事では、Instacartの2024〜2025年の動きを軸に、なぜこの転換が必要だったのか、どのように実行されたのかを整理します。新規事業開発の責任者・担当者が、自社の次の一手を考えるための具体的なヒントを得られる内容です。配送や小売に限らず、あらゆる業界で応用可能な示唆を読み取ってみてください。
パンデミック後に直面したInstacartの成長限界
パンデミック期にInstacartは、外出制限と感染不安を背景に、北米のオンライン食料品需要を一気に取り込みました。しかし社会が平常化するにつれ、その急成長は明確な天井に突き当たります。**成長を牽引していた外生要因が消えた瞬間、事業モデルそのものの脆弱性が露呈した**のです。
最大の要因は需要構造の反転です。米国の消費者行動調査を行うマッキンゼーによれば、2023年以降、食料品ECの利用頻度は「利便性が高いが割高」という認識のもと、日常使いから必要時利用へと後退しました。Instacartにとって致命的だったのは、利用頻度低下がそのまま注文数減少に直結する点です。単価を上げにくい食料品領域では、回転率こそが成長の源泉だったからです。
さらにインフレ環境が追い打ちをかけました。食料品価格の上昇により、消費者は配送手数料やチップを含む総額に敏感になります。**「自分で買いに行けば節約できる」という判断が合理的になるほど、Instacartの付加価値は相対的に弱まった**のです。
| 成長制約の要因 | 内容 | 事業への影響 |
|---|---|---|
| 需要の正常化 | 外出制限解除による実店舗回帰 | 注文数の伸び鈍化 |
| インフレ | 食料品・人件費の上昇 | 価格転嫁の限界 |
| 競争激化 | Amazon Freshの攻勢 | 差別化の希薄化 |
特に深刻だったのがユニットエコノミクスの限界です。Instacartはギグワーカーへの報酬、保険コスト、カスタマーサポートなど、注文ごとに変動費が発生する構造を持っています。2024年時点で経営陣は決算説明会において、**配送効率の改善だけでは利益率を持続的に高めるのは難しい**と繰り返し言及しました。これはオペレーション最適化がすでに成熟段階に達していたことを意味します。
加えて、競争環境も質的に変化しました。Amazonは自社物流とPrime会員基盤を武器に、価格とスピードの両面で攻勢を強めます。ハーバード・ビジネス・レビューが指摘するように、垂直統合型プレイヤーとの正面衝突は、プラットフォーム型企業にとって最も不利な戦い方です。Instacartは「食料品版Uber」というポジションでは、Amazonに長期的に対抗できない現実を突きつけられました。
結果として、パンデミック後のInstacartは「成長率の鈍化」ではなく、**既存モデルの延長線上に未来がないという構造的な成長限界**に直面したのです。この危機認識こそが、後に同社が大胆な戦略転換へ踏み切る出発点となりました。
Amazon対抗の軸として選んだ『リテール・イネーブラー』戦略

InstacartがAmazon対抗の軸として選んだ「リテール・イネーブラー」戦略の本質は、自らが前面に立って顧客を奪う存在ではなく、小売業者の競争力そのものを底上げする黒子的プラットフォームへと役割を転換した点にあります。これは配送需要の鈍化や人件費高騰といった短期的課題への対処ではなく、小売の主導権を誰が握るのかという構造的問いへの明確な回答です。
Amazonは物流・会員・データを垂直統合し、顧客接点を自社エコシステムに囲い込みます。一方Instacartは、在庫管理、EC構築、広告、AIといった機能をモジュール化し、小売業者のブランドを主役にしたまま高度なデジタル体験を実装できるようにしました。CEOのChris Rogers氏が「小売業者の最強の味方」と繰り返し語る背景には、この設計思想があります。
象徴的なのがInstacart Platformです。ホワイトレーベルで提供されるこの基盤により、スーパーは自社アプリやECサイトを持ちながら、Amazon並みの検索性、レコメンド、決済体験を実現できます。ハーバード・ビジネス・レビューが指摘するように、プラットフォーム競争の勝敗は顧客データの帰属先で決まりますが、Instacartはそのデータを小売側に残す選択をしました。
| 観点 | Instacart | Amazon |
|---|---|---|
| 顧客接点 | 小売業者が保持 | Amazonが保持 |
| 技術提供 | SaaS/PaaSとして外販 | 自社利用が中心 |
| 小売の立場 | 主役 | 従属 |
この戦略が机上の空論でないことは財務面からも裏付けられています。2025年Q3決算では、広告やエンタープライズ向け収益を含む高粗利事業が拡大し、粗利益率は約74%に達しました。配送という労働集約型モデルから、スケールするソフトウェア収益へ重心を移した成果だと評価できます。
また、リテール・イネーブラー戦略は中小・独立系スーパーにとって特に意味を持ちます。Amazonと正面から戦う資本力はなくとも、Instacartの技術を共同利用することで「連合体」として競争できるからです。Grocery Diveによれば、こうした外部小売支援型モデルは、北米でAmazonに対抗する現実的な選択肢として支持を広げています。
重要なのは、Instacartが小売の価値を再定義した点です。商品を並べる場所ではなく、データと体験を軸に進化する主体として位置づけ直しました。Amazonに勝つのではなく、Amazon一強を成立させない構造をつくる。それがこの戦略の核心であり、新規事業開発における示唆でもあります。
財務データで見る事業転換の成果と収益構造の変化
Instacartの事業転換が実効性を持つかどうかは、最終的に財務データが示します。2025年第3四半期の決算は、同社が「デリバリー依存型」から「プラットフォーム型」へ移行する過程で、成長と収益性を同時に高めつつあることを裏付けています。
特に注目すべきは、売上成長率と利益成長率の乖離です。売上高は前年同期比で約10%の増加にとどまる一方、調整後EBITDAとGAAP純利益はいずれも20%超の成長を記録しました。売上以上のスピードで利益が伸びている点は、収益構造そのものが変化した証拠と言えます。
| 指標 | 2024年Q3 | 2025年Q3 | 変化の示唆 |
|---|---|---|---|
| 総売上高 | 8.52億ドル | 9.39億ドル | 安定したトップライン成長 |
| 調整後EBITDA | 2.27億ドル | 2.78億ドル | 高収益事業の拡大 |
| GAAP粗利益率 | 約70% | 74% | トランザクション依存の低下 |
| 営業キャッシュフロー | 1.85億ドル | 2.87億ドル | キャッシュ創出力の強化 |
この改善を牽引しているのが、広告およびエンタープライズ領域です。公開されている株主向けレターによれば、2025年Q3のGAAP粗利益は6.92億ドルに達し、売上高の74%を占めました。物理的な配送を伴わないリテールメディアやSaaS型収益は、限界費用が低く、規模拡大とともに利益率が上昇します。
北米の消費財メーカーにとって、InstacartはGoogleやMetaに次ぐ重要な広告チャネルとなりつつあります。NielsenやMcKinseyが指摘するように、購買データに直結したリテールメディアは、ブランドリフトよりも即時的な売上効果を測定できる点で評価が高まっています。Instacartはこの潮流を捉え、広告主からの支出を着実に取り込んでいます。
さらに見逃せないのがキャッシュフローです。営業キャッシュフローは前年同期比で55%増加し、2.87億ドルに達しました。これは単なる会計上の利益ではなく、自社株買いや新規事業投資を自走できる財務体質に転換したことを意味します。
新規事業開発の観点で重要なのは、Instacartが「売上の多角化」ではなく「利益源の再設計」に成功している点です。配送という重いコスト構造を抱えた事業を基盤にしながら、データとテクノロジーを軸とした高粗利ビジネスへ比重を移す。この財務データは、事業転換が定性的なビジョンにとどまらず、定量的な成果として結実していることを明確に示しています。
OMOの象徴となったAIスマートカートCaper Cart

AIスマートカート「Caper Cart」は、OMOが単なるオンラインとオフラインの連携概念ではなく、顧客体験・収益モデル・データ活用を同時に再設計する実装技術であることを象徴しています。Instacartはこのプロダクトによって、リアル店舗を「デジタル化された購買インターフェース」へと進化させました。
Caper Cartの本質的な価値は、レジレスや利便性にとどまりません。AIカメラと重量センサーを組み合わせた商品認識により、顧客の行動そのものがリアルタイムでデータ化され、購買判断の文脈が店舗内で可視化されます。Harvard Business Reviewが指摘するように、OMOで重要なのはチャネル統合ではなく「意思決定の統合」であり、Caper Cartはその要件を満たしています。
特にインフレ環境下で評価されたのが、合計金額を常時表示する予算管理機能です。Modern Retailによれば、導入店舗では価格不安による買い控えが減少し、結果として1回あたりの購入点数と金額が増加する傾向が確認されています。顧客心理への直接的な介入が、売上成長につながっている点は見逃せません。
| 観点 | 従来の店舗 | Caper Cart導入後 |
|---|---|---|
| 購買体験 | レジ待ち・合計不明 | レジレス・即時可視化 |
| データ取得 | POS中心 | 行動単位で取得 |
| 収益機会 | 商品マージンのみ | 広告・リテールメディア |
さらに重要なのは、Caper Cartが店舗内リテールメディアとして機能している点です。スクリーン上で表示されるクーポンやレコメンドは、CPGメーカーにとって「決断の瞬間」に接触できる希少な広告枠です。Instacartの説明では、これらの広告収益が小売業者と分配され、カート導入コストの回収を後押ししています。
AmazonのDash Cartが自社エコシステムへの囲い込みを目的とするのに対し、Caper Cartは外部小売業者向けのプラットフォームとして設計されています。Grocery Diveなどの業界分析では、この違いが導入スピードと普及率の差を生んでいるとされています。既存店舗の改装を最小限に抑えられる点も、現実解として評価されています。
Caper Cartは、OMOを「実験的施策」から「再現可能な事業モデル」へと引き上げました。リアル店舗がデータとメディアを内包することで、Instacartは小売業者にとって不可欠なイネーブラーとなり、OMOの次の標準を提示しているのです。
リテールメディアネットワークが生み出す高収益モデル
リテールメディアネットワークが高収益モデルとして注目される最大の理由は、既存の小売資産をそのまま利益装置に転換できる構造にあります。InstacartはCarrot Adsを通じて、商品棚、検索結果、レコメンド枠といった「購買直前の接点」を広告在庫化しました。これは新たな集客投資を必要とせず、すでに来店・来訪している顧客の行動データを収益に変えるモデルです。
特に重要なのは、広告が売上成長と競合しない点です。値引きやポイント施策とは異なり、広告費はメーカーが負担し、小売側は粗利を維持したまま収益を上積みできます。米国の業界分析で知られるGrocery Diveによれば、Instacartの広告事業は全社売上の一部でありながら、利益成長への寄与度が極めて高いと評価されています。これは物理的な配送コストが発生しないデジタル収益であることが背景にあります。
Instacartの特徴は、単なる自社アプリ内広告にとどまらない点です。Carrot AdsはAPIとして提供され、小売業者の自社ECサイトやアプリにも組み込めます。これにより、小売は「広告主との直接取引」と「Instacartの高度な入札・配信技術」を同時に享受できます。自前で広告基盤を構築する場合と比べ、立ち上げスピードと収益化までの時間が大幅に短縮されます。
| 項目 | 従来モデル | リテールメディアモデル |
|---|---|---|
| 主な収益源 | 配送手数料・マークアップ | メーカー広告費 |
| 粗利益率 | 低〜中 | 高 |
| コスト構造 | 人件費・物流費が増加 | デジタル中心で限界費用が低い |
| 景気耐性 | 需要減に弱い | ブランド投資として比較的安定 |
さらに収益性を押し上げているのが、クローズドループ型の効果測定です。広告接触からオンライン・実店舗での購買までを一気通貫で可視化できるため、広告主はROASを正確に把握できます。マーケティング研究で権威のある米国広告主協会の議論でも、購買データに基づく測定可能性は、今後の広告投資の前提条件になると指摘されています。
Instacartはこの強みを生かし、検索連動、ディスプレイ、ショッパブル動画をAIが自動配分する仕組みを導入しました。広告主は目標ROASを設定するだけで運用負荷を大幅に下げられます。一方、小売側は広告枠の稼働率が高まり、在庫回転と広告収益を同時に最適化できます。この「三方良し」の構造こそが、リテールメディアネットワークを持続的な高収益モデルにしている本質です。
Instacart Healthが切り拓くヘルスケア×小売の新市場
Instacart Healthは、ヘルスケアと小売を単に連携させる取り組みではありません。食料品の購入行為そのものを医療プロセスの一部として再定義し、新しい市場を創出している点に本質があります。従来、スーパーマーケットは「消費の場」、医療は「治療の場」と分断されていましたが、Instacartはその境界を意図的に溶かしています。
中核にあるのが「Food as Medicine」という考え方です。米国では糖尿病や高血圧など食生活と直結する慢性疾患が医療費高騰の主因となっており、ハーバード大学やTufts大学の研究でも、栄養介入による医療費削減効果が繰り返し示されています。Instacart Healthは、こうしたエビデンスを前提に、食料品アクセスを“予防医療インフラ”として社会実装しています。
特徴的なのは、支払い主体の転換です。Instacart Healthでは、患者本人ではなく、医療保険者や医療機関が費用を負担するB2B2Cモデルが採用されています。保険会社はFresh Fundsと呼ばれる仕組みを通じて、生鮮食品に限定したデジタルクレジットを付与し、糖尿病患者や妊婦など特定条件の加入者に配布します。これにより、健康に寄与しない購買をシステム的に排除できる点が、小売クーポンとは決定的に異なります。
2025年には、医療請求プラットフォームAdonisとの連携により、食料品購入費を医療保険のクレームとして処理できる基盤も整備されました。これは、食品が正式に医療給付として扱われるための重要な一歩であり、医療と小売を隔ててきた制度的な壁を越える試みといえます。
| 項目 | 従来の小売 | Instacart Health |
|---|---|---|
| 支払い主体 | 消費者本人 | 保険会社・医療機関 |
| 目的 | 購買促進 | 健康アウトカム改善 |
| 食品選択 | 制限なし | 栄養基準で制御 |
具体的な成果も出始めています。Partnership for a Healthier Americaとの共同プログラムでは、参加者の約6割が野菜・果物摂取量を増やし、8割近くが健康的な食習慣の定着を実感したと報告されています。Foodsmartとの連携では、管理栄養士による献立提案とInstacart注文を組み合わせることで、糖尿病患者のHbA1c改善という臨床指標にも好影響が確認されました。
このモデルが切り拓く新市場は、「ヘルスケア向けリテール」という従来存在しなかった領域です。小売業者にとっては、価格競争に陥りがちな食品販売を、医療費削減という明確な価値で再定義できる点が大きな意味を持ちます。一方、保険者にとっては、薬や通院以外の手段でアウトカム改善を図れるコスト効率の高い施策となります。
Instacart Healthは、単なる社会貢献ではなく、景気変動の影響を受けにくい安定収益源としても機能しています。医療と小売の交差点に立つことで、Instacartは既存プレイヤーが見落としてきた市場を構造的に獲得しつつあります。
Agentic AIとエンタープライズ向け新規事業の広がり
Agentic AIは、単なる業務支援ツールを超え、企業の意思決定や実行そのものを担う存在としてエンタープライズ向け新規事業を押し広げています。Instacartが2025年に本格展開したエンタープライズAIソリューションは、その象徴的な事例です。同社は生成AIを対話UIにとどめず、タスクを自律的に完遂するエージェントとして設計し、小売業者の収益創出と業務効率化を同時に実現しています。
代表例がCart Assistantです。Sprouts Farmers Marketなどで導入されたこのAIは、「予算内で健康的な夕食を数日分用意したい」といった曖昧な要望を理解し、在庫・価格・顧客の嗜好制約を踏まえて商品選定からカート投入までを自動で行います。Retail Brewによれば、こうしたエージェント型体験は平均購入点数の増加とカゴ落ち率の低下に寄与しており、UX改善が直接売上成長につながることが示されています。
また、Agentic AIはフロントだけでなくバックエンドにも広がっています。Store Viewは店内画像をAIが解析し、欠品や価格表示ミス、棚割り逸脱を自動検知します。DC Velocityなどの業界メディアが指摘するように、これは人手不足に悩む小売現場で巡回作業を大幅に削減し、機会損失を防ぐ実務的価値を持ちます。現場オペレーションそのものをAIが代替・補完する点が、従来の分析AIとの決定的な違いです。
| 領域 | Agentic AIの役割 | 企業側の価値 |
|---|---|---|
| 購買体験 | 要望理解から商品選定・実行まで自律対応 | 購買単価向上、離脱率低下 |
| 店舗運営 | 画像解析による監視・是正の自動化 | 人件費削減、欠品防止 |
| マーケティング | 最適施策の自動選択と配分 | ROAS最大化 |
さらに注目すべきは、InstacartがこれらのAgentic AIをSaaSとして提供し、規模の小さな小売業者でも利用可能にしている点です。PR Newswireが伝えるように、同社は「AIの民主化」を掲げ、エンタープライズ級のAIをモジュール化して外販しています。自社プロダクトを新規事業として外部に開放する戦略は、既存アセットを収益化する強力なモデルです。
新規事業開発の観点では、Agentic AIは「業務を効率化する技術」ではなく、「顧客と企業の間に立ち、価値を生み続けるデジタル従業員」と捉える必要があります。Instacartの事例は、AIを核にしたエンタープライズ向け事業が、継続課金・高粗利・高スケーラビリティを同時に満たす現実的な成長領域であることを示しています。
日本の新規事業開発に活かせる戦略的示唆
Instacartの戦略転換から日本の新規事業開発に得られる最大の示唆は、既存事業の否定ではなく、価値の再定義によって成長軸を横にずらす発想です。Instacartはデリバリー需要の鈍化という逆風の中で、配送そのものを捨てるのではなく、そこから得られるデータ、顧客接点、業務知見を分解し、再構成しました。このプロセスは、日本企業が陥りがちな「新規事業=全く新しいことをやる」という思考からの脱却を促します。
特に重要なのは、Instacartが自社を「プレイヤー」ではなく「イネーブラー」と再定義した点です。Amazonのように自ら顧客を囲い込むのではなく、既存小売が主役であり続ける構図を選びました。経営学者マイケル・ポーターが指摘する競争戦略論に照らせば、これは差別化と補完関係の構築によって競争の土俵そのものをずらした好例です。日本市場でも、大企業が前面に出るモデルは反発を招きやすく、裏側で価値を提供する黒子型の新規事業は受容されやすい傾向があります。
もう一つの示唆は、収益源をトランザクションから非連続に拡張する設計です。Instacartは広告、SaaS、ヘルスケアという異なる収益モデルを積み重ね、配送という低マージン事業を土台に高粗利ビジネスを成立させました。2025年Q3決算で粗利益率が74%に達した事実は、労働集約型モデルからの脱却が数字で証明された瞬間です。日本の新規事業でも、初期は薄利でも後段で利益を回収する設計が現実的な選択肢になります。
| 観点 | Instacartの示唆 | 日本企業への応用 |
|---|---|---|
| 立ち位置 | 小売の支援者 | 業界の裏方・基盤提供 |
| 収益構造 | 広告・SaaS中心 | データ・B2B課金 |
| 競争戦略 | 連合型 | 地域・中小連携 |
さらに見逃せないのが、ヘルスケア領域への展開です。米国保健福祉省や医療機関との連携により、食料品が医療費として扱われ始めています。これはマッキンゼーなどが指摘する「価値連鎖の再編」が実際に起きている例であり、日本でも自治体、健保、流通が交差する新市場を示唆します。新規事業担当者にとって重要なのは、既存制度の外側ではなく、制度の内側に入り込む設計です。
Instacartの事例は、成長が止まった事業ほど再発明の余地が大きいことを教えてくれます。日本の新規事業開発でも、足元のアセットを疑い直し、誰の競争力を高める存在になるのかを問い直すことが、次の成長曲線を描く起点になります。
参考文献
- Grocery Dive:Instacart CEO: Amazon’s grocery push is a ‘rallying cry with retailers’
- Investing.com:Earnings call transcript: Instacart Q3 2025 sees strong earnings beat and stock surge
- Modern Retail:Instacart tripled its smart cart store count this year
- Marketing Dive:Instacart plugs retail media data into YouTube Shopping ads to fuel offsite growth
- PR Newswire:Instacart and Foodsmart Partnership Drives Significant Clinical Outcomes for Members with Diet-Related Chronic Conditions
- Retail Brew:Instacart rolls out new agentic AI tools for grocery chains
