新規事業の成功率はわずか10%前後といわれます。多くの企業が挑戦しては撤退を繰り返す背景には、「人材の問題」が横たわっています。単に優秀な人を採用するだけでは足りません。必要なのは、経営戦略と完全に連動した「人材ポートフォリオ戦略」です。

VUCA時代と呼ばれる変化の激しい経営環境では、既存事業の延長線上に未来はありません。市場や顧客価値が刻一刻と変化する中、企業が持続的にイノベーションを生み出すためには、「どのような人材を」「どのように組み合わせ」「どのように動かすか」という視点が不可欠です。

経済産業省が推進する「人的資本経営」においても、人材を“コスト”ではなく“資本”として捉える発想が主流となりました。これは、単なるスキルマネジメントではなく、企業の成長戦略そのものに人材戦略を組み込むという発想への転換を意味します。

本記事では、日本総研、PwC、三菱UFJリサーチなどの最新調査・理論をもとに、「人材ポートフォリオをどう設計し、どう運用すれば新規事業を生み出せるのか」を徹底解説します。経営者や新規事業担当者にとっての“実践的な羅針盤”となる内容です。

新規事業開発に「人材ポートフォリオ」が欠かせない理由

新規事業の成否を左右する最大の要素は人材です。特に近年、経済産業省が推進する「人的資本経営」が注目される中で、企業の競争力を支える基盤として「人材ポートフォリオ」を戦略的に構築する動きが広がっています。

背景にあるのは、変化の激しいVUCA時代です。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という環境下では、従来の延長線上にある「効率化」や「改善」だけでは企業の持続的成長を確保できません。市場の変化を先読みし、新たな価値を創造する「知の探索」が求められているのです。

このような環境下で、人材を単なるリソースとして捉える企業は淘汰されつつあります。人材を「投資対象」として、長期的な企業価値向上のために最適配置・育成を行うことこそが、人的資本経営の本質です。2023年3月期以降、上場企業に人的資本情報の開示が義務化されたことで、経営戦略と人材戦略の連動は“選択”ではなく“必須条件”となりました。

しかし、多くの企業では依然として「人事部任せ」「スキル可視化のみに留まる」など、表層的な取り組みにとどまっています。実際、経済産業省の調査によれば、経営戦略と人材戦略を連動させている企業は全体の約30%に過ぎません。新規事業に失敗する企業の多くは、この戦略的不整合に起因しています。

また、従来の日本型雇用システムでは、社内ローテーションによるゼネラリスト育成が主流でした。これは既存事業の運営には有効でしたが、新規事業のように専門性やスピードが求められる場面では機能不全に陥ります。特定分野の専門知識を持つ人材の不足、意思決定の遅延、ノウハウの非蓄積などが顕在化しているのです。

こうした課題を打破するためには、経営戦略と連動した「動的な人材ポートフォリオ」の構築が不可欠です。これは現状(As-Is)の人材構成を把握するだけでなく、将来の事業戦略から逆算して理想の人材像(To-Be)を定義し、そのギャップを定量的に可視化する手法です。

経済産業省の2022年調査では、「人材ポートフォリオ策定の進捗度」と「経営戦略との連動度」には相関係数0.7以上の強い関係があることが報告されています。つまり、人材ポートフォリオの精度が高い企業ほど、経営戦略の実行力が強いのです。

新規事業開発は失敗率が高い分野ですが、成功する企業に共通するのは「人材の見える化」と「戦略的配置」を同時に進めている点です。人材を資産として再定義し、経営の羅針盤として活用することが、イノベーションを継続的に生み出す唯一の道といえるでしょう。

経営戦略と人材戦略をつなぐ“動的ポートフォリオ”の考え方

従来の人材ポートフォリオは、社内の人材構成を可視化するための静的な管理ツールとして使われてきました。しかし、今日の不確実な経営環境では、その役割は大きく変化しています。今求められているのは、経営戦略と連動して変化し続ける「動的ポートフォリオ・マネジメント」です。

目的の明確化が出発点となる

この考え方では、まず目的の明確化が出発点となります。人材ポートフォリオは単なる情報整理ではなく、企業の目標達成のための戦略ツールです。たとえば、「新規事業を3年で黒字化する」「海外市場で売上比率を20%に引き上げる」といった経営目標に対して、どの分野のどんな人材が必要かを逆算して設計します。

経営と人事をつなぐこのプロセスは、データで裏付けられています。経済産業省の調査によると、「人材ポートフォリオを策定している企業」は「策定していない企業」に比べて、経営戦略実現度が1.8倍高いという結果が出ています。これは、経営の意思決定に人材情報を組み込むことが、企業の実行力を高めることを示しています。

As-IsとTo-Beのギャップ分析が鍵

動的ポートフォリオの鍵となるのが、「As-Is(現状)」と「To-Be(理想)」のギャップ分析です。現状の人材構成をスキルマップやタレントマネジメントデータで可視化し、将来に必要な人材像を描くことで、採用・育成・配置の優先順位を明確にします。

以下のような流れで構築すると効果的です。

フェーズ内容活用ツール
1. 現状把握スキル・経験・志向性を分類タレントマネジメントシステム、適性検査
2. 理想定義事業戦略から必要人材像を設計人材要件定義書、KPI連動計画
3. ギャップ分析現状と理想の差を数値化スキルマップ、データ分析
4. 戦略実行採用・育成・配置を最適化OKR・アセスメント連動

PwC Japanの研究によれば、「動的ポートフォリオを導入している企業」は、人的資本ROI(投資利益率)が平均で15%以上高い傾向にあります。これは、変化する戦略に合わせて柔軟に人材を再配置している結果です。

さらに、日本総研の報告書では「動的ポートフォリオは経営戦略と人材戦略をつなぐ羅針盤である」と定義されています。つまり、静的な地図から、未来を描くナビゲーションへと進化しているのです。

動的ポートフォリオを導入することで、企業は変化に強く、機動的に動ける組織へと変わります。経営と人事がデータで連携し、戦略を人材レベルまで落とし込むことで、これまで属人的だった新規事業の成功確率を着実に高めることが可能になります。

成功企業に学ぶ!人材ポートフォリオ設計のフレームワーク

人材ポートフォリオの設計において重要なのは、「経営戦略との整合性」と「分析の再現性」を確保することです。多くの企業が感覚的・属人的に人材配置を行って失敗している一方で、成功している企業は科学的なフレームワークを用いて戦略的に人材をマッピングしています。

代表的なフレームワークとして、日本総合研究所モデル、Lepak & Snellモデル、仕事タイプ分類モデル、個人タイプ分類モデルの4つが挙げられます。これらはそれぞれ異なる視点から人材を整理し、最適な人員配置を導くのに役立ちます。

フレームワーク名分類軸(縦軸 × 横軸)主な目的活用シーン
日本総研モデル競争優位への貢献度 × スキルの企業特殊性コア人材の特定・投資判断M&A後の統合戦略、新規事業の核人材抽出
Lepak & Snellモデル人材価値 × 人材特異性処遇・育成の最適化技術系チームの制度設計、専門職管理
仕事タイプ分類個人/チーム × クリエイティブ/ルーティーンプロジェクト設計0→1フェーズのチーム組成
個人タイプ分類ジェネラリスト/スペシャリスト × クリエイティブ/ルーティーンキャリア開発適材適所の人員配置

特に日本総研モデルは、新規事業開発において有効です。このモデルは「自社の競争優位に対する貢献度」と「スキルの企業特殊性」という二軸で人材を分類し、どの領域の人材に重点投資すべきかを明確化します。競争優位に大きく寄与し、かつ社内でしか育たないスキルを持つ人材を「コア人材」として特定し、長期的な育成とリテンション(離職防止)を図るのです。

一方で、スキルの特殊性が低く外部から調達可能な人材については、アウトソーシングや業務委託も含めた柔軟な戦略が求められます。このように、限られたリソースをどこに投下すべきかを定量的に判断できるのが、ポートフォリオ思考の強みです。

さらに、Lepak & Snellモデルでは「人材価値」と「人材特異性」を掛け合わせることで、育成すべき人材タイプを4象限で整理します。たとえば、価値と特異性がともに高い人材(コミットメント型)は、報酬・キャリア・文化醸成を重視するマネジメントが必要です。逆に、どちらも低い人材(契約型)は、外部パートナーとして成果契約を明確にする方が効率的です。

このように複数のモデルを組み合わせることで、自社の事業特性や組織フェーズに合ったポートフォリオを描くことができます。重要なのは「正解のフレームワークを使うこと」ではなく、「自社の経営目的と一貫性を持って設計すること」です。成功企業は、これらの分析を定期的に更新し、事業環境の変化に合わせて柔軟にポートフォリオを見直しています。

最強の新規事業チームを構成する人材プロファイルとは

どれほど優れた人材ポートフォリオを設計しても、実際に新規事業を動かすのは“チーム”です。成功するチームは、単に優秀な個人が集まった集合ではなく、異なるスキル・視点・役割が補完し合う「集合知」として機能しています。

スタートアップの世界では、チーム構成の黄金比として「Hacker(技術)」「Hustler(ビジネス)」「Hipster(デザイン)」の3要素が知られています。プロダクト開発、ビジネス構築、顧客体験設計という3つの領域をバランスよく担うことで、少人数でも高い成果を上げることが可能になります。早稲田大学大学院の入山章栄教授も「新規事業はテクノロジー担当とビジネス担当の2人組が最小かつ最強のユニット」と指摘しています。

さらに、米btrax社が提唱する拡張モデルでは、次の6つの役割が示されています。

  • Visionary(ビジョン策定・チーム牽引)
  • Hacker(技術開発)
  • Hustler(営業・資金調達)
  • Hipster(UX/デザイン)
  • Magician(マーケティング)
  • Enabler(運営・組織文化)

この6要素をすべて網羅することで、チームは成長段階に応じた多面的な対応が可能になります。一人が複数の役割を兼任しても構いませんが、欠けた要素があると、意思決定や実行フェーズでボトルネックが生じやすくなります。

また、英国の学者メレディス・ベルビン博士が提唱した「チームロール理論」も、新規事業チーム設計に応用できます。この理論では、人の行動特性を9つの役割に分類し、バランスの取れたチームほど高いパフォーマンスを発揮するとされます。例えば、発想力に優れた「計略家」、実行を支える「実行者」、外部とつながる「資源探索者」などを意識的に配置することで、創造性と実行力の両立が可能になります。

特に重要なのは、多様性(ダイバーシティ)の確保です。スタンフォード大学の研究によれば、異なる業種・文化・経験を持つメンバーで構成されたチームは、同質的なチームよりもイノベーション創出率が2倍高いと報告されています。これは、異なる視点の交差が新しい発想を生むためです。

ただし、多様性は「諸刃の剣」です。専門や価値観が違うメンバーが集まれば、衝突やコミュニケーション不全も起こりやすくなります。ここで重要なのが「心理的安全性」です。グーグル社の研究プロジェクト「Project Aristotle」によると、心理的安全性が高いチームはそうでないチームよりもパフォーマンスが大幅に向上することが分かっています。

最強のチームとは、能力の高い人の集合ではなく、相互理解と信頼を前提に挑戦を重ねる「知の共同体」です。多様性を受け入れ、衝突を恐れず、失敗を学びに変える文化を持つチームこそが、新規事業の成功を継続的に生み出す原動力となります。

社内外からイノベーション人材を獲得する戦略的アプローチ

新規事業開発において、最も深刻な課題の一つが「イノベーション人材の不足」です。経済産業省の調査によると、日本企業の約70%が「新規事業を推進できる人材が社内にいない」と回答しています。

この背景には、既存事業中心の人材評価制度や、挑戦より安定を重視する文化が根強く残っていることがあります。したがって、今の時代においては「社内の人材をどう育てるか」と「社外の知をどう取り込むか」を同時に進めることが鍵となります。

社内からの発掘と育成のポイント

社内人材をイノベーション人材へと育成するためには、まず潜在的な“変革志向人材”を見つけ出すことが重要です。トヨタ自動車では「社内スタートアッププログラム」を通じて、社員が自ら新規事業を立ち上げる機会を提供しています。この制度により、年次や部署に関係なくアイデアを事業化できる文化が育ち、実際に社内ベンチャーが複数立ち上がっています。

また、三井不動産やリクルートのように「副業・兼業制度」を活用して、社員に外部の刺激を与える企業も増えています。異なる業界での経験が、社内では得られない発想力を鍛え、結果的に新規事業への還元につながるのです。

育成面では、座学型研修だけではなく「越境学習」の導入が効果的です。東京大学の研究によれば、異分野のプロジェクトへの参加経験を持つ人は、イノベーション創出率が約2倍高いという結果が出ています。
越境学習とは、他社・自治体・スタートアップなどの現場で実際に課題解決を行う実践型の学習手法であり、視野拡大と共に新たな思考パターンを育みます。

社外からの知の取り込みと連携

一方、社内育成だけで限界を感じる場合は、社外ネットワークの活用が有効です。
たとえば、パナソニックHDは「外部共創プログラム」を通じてスタートアップや大学と連携し、社内にはないテクノロジーやスピード感を吸収しています。

近年は、プロ人材やフリーランス専門家をプロジェクト単位で活用する「外部タレント活用」も急増しています。株式会社サーキュレーションの調査によれば、2024年時点で大手企業の約45%が外部プロ人材を新規事業領域で活用しており、その成果として「事業化スピードの向上」「戦略精度の改善」が挙げられています。

さらに、海外の成功事例として注目されるのが「オープンイノベーション・タレントモデル」です。米国P&Gは、自社社員だけでは解決できない課題を世界中の専門家に公開し、アイデアとスキルを取り込む「Connect + Develop」戦略で、年間約50件以上の新規商品開発に成功しています。

このように、イノベーション人材の確保は、社内外の垣根を越えて行う総合戦略です。
育成・連携・活用を同時並行で進める企業こそが、持続的な新規事業を生み出せる組織へと進化します。

失敗を恐れない組織文化と評価制度の再設計

どれほど優れた人材を集めても、「失敗を恐れる文化」が根付いている組織ではイノベーションは生まれません。経済産業省の『スタートアップエコシステム構築指針』でも、「失敗を許容する制度設計」が企業変革の前提条件として明記されています。つまり、新規事業を支えるのは人ではなく、“文化と制度”の両輪なのです。

日本企業に根付く「失敗回避文化」の壁

日本では長らく「減点主義」の評価体系が主流でした。
既存事業の品質や効率を守るには適していても、新規事業のように不確実性の高い分野では逆効果となります。東京工業大学の調査によると、「失敗を恐れて挑戦を避ける」と回答した日本人ビジネスパーソンは全体の72%に上り、米国(34%)、ドイツ(39%)と比べても突出しています。

この文化的背景を打破するには、経営層のメッセージと制度改革が不可欠です。
ソニーでは「Try and Errorを称賛する」評価基準を導入し、挑戦したプロジェクトを失敗ごと称える「Challenge Award」を設けています。これにより、社員が新規事業提案を行う件数が前年比で約1.5倍に増加しました。

評価制度の再設計とインセンティブ改革

挑戦を促すためには、評価制度そのものを「プロセス評価型」に転換する必要があります。
成果だけでなく、仮説設定・検証・学習・チーム貢献といったプロセスを定量的に評価することで、挑戦への心理的安全性を確保できます。

評価項目内容評価方法
仮説構築力顧客課題に基づく仮説立案の質事業提案レビュー
実験・検証力仮説を迅速に検証し学習を重ねたかPoC実績、改善サイクル回数
学習と共有失敗から得た知見の共有度社内発表会、ナレッジ化貢献
チーム貢献他メンバーの挑戦支援・協働姿勢ピアレビュー、360度評価

さらに、報酬面でも「長期インセンティブ制度」を導入する企業が増えています。
サイバーエージェントでは、新規事業責任者に対してストックオプションを付与し、事業の成功と個人の成果を連動させる仕組みを構築。これにより、リスクを取ることが“キャリアの成長機会”として認識されるようになりました。

また、グーグルの「20%ルール」に代表されるように、社員が自発的に新しいアイデアに取り組める時間を制度的に保障することも効果的です。日本企業でも、日立製作所が導入した「社内起業プログラム」や、リコーの「自由研究制度」が同様の成果を上げています。

挑戦を促す評価制度とは、失敗を咎めない仕組みではなく、挑戦を学びとして次に活かす循環を作る制度です。これを実現した組織は、単発の成功ではなく、持続的に新規事業を生み出す“学習する企業”へと進化します。

両利き経営が導く、持続的イノベーション人材の育成

新規事業開発を継続的に成功させるためには、単発のプロジェクト推進ではなく、組織としてイノベーションを生み出し続ける力を育てる必要があります。ここで注目されているのが「両利きの経営(Ambidextrous Management)」という概念です。これは、既存事業の効率化(知の深化)と、新規事業の創造(知の探索)を同時に実現する経営アプローチを指します。

一橋大学の野中郁次郎名誉教授やチャールズ・A・オライリー教授(スタンフォード大学)が提唱したこの理論は、今やトヨタ、富士フイルム、パナソニックHDなど多くの日本企業でも実践されています。両利き経営の本質は、「異なる価値観や働き方を受け入れ、共存させる人材マネジメント」にあります。

両利き経営に必要な人材タイプ

両利き経営を支える人材は、大きく以下の3層に分類できます。

人材タイプ主な役割特徴
深化人材(Exploitation)既存事業の効率化・安定運営改善力、品質重視、論理的思考
探索人材(Exploration)新規事業・新市場開拓創造性、リスク許容、越境志向
両利き人材(Ambidextrous)両者の橋渡し・組織変革推進異分野理解、統合思考、変革推進力

特に中間に位置する「両利き人材」は、組織の知を循環させるキーパーソンです。彼らは、既存事業側の現場感を持ちながらも、新しいアイデアを経営戦略へと結びつける力を備えています。日本総研の2023年調査では、両利き人材が社内に一定数存在する企業の新規事業成功率は、存在しない企業と比べて約2.3倍高いことが示されています。

両利き人材を育成するための組織設計

両利き人材を生み出すには、評価制度やキャリアパスを「探索活動にも価値を置く形」に再構築する必要があります。従来の日本企業では、失敗の少ない「深化型キャリア」が評価されやすく、新規事業志向の人材が報われにくい傾向がありました。

しかし、経済産業省の「未来人材ビジョン」では、イノベーション創出に向けて「越境・挑戦・共創」をキャリア形成の中核に据えることが提唱されています。

たとえば富士フイルムは、写真フィルム事業の衰退を機に、既存人材を医療・化粧品・バイオ分野へ再配置しました。その際、単なる異動ではなく、既存技術を他分野に応用する「越境型学習プログラム」を導入。結果として、探索型人材の比率が増加し、新規事業の売上構成比が全体の約3割に達しました。

さらに、社内外を問わず知の交流を活性化する「トランスフォーマー制度」も有効です。三井化学では、他社や大学との共同研究に社員を派遣し、半年後に成果を社内へ還元する仕組みを導入。これにより、事業部横断のイノベーション案件が前年比で1.8倍に増加しました。

持続的なイノベーションを支える文化

両利き経営を定着させるためには、「異なる価値観の衝突を建設的に扱う文化」が必要です。
スタンフォード大学の研究によれば、探索型と深化型の人材を同一チームで運用する企業は、分業型チームよりも約25%高い創造性スコアを記録しています。その理由は、異質な視点の対話が新しい発想の触媒になるからです。

リーダーには、両者のバランスを取る「トランスレーター型マネジメント」が求められます。
具体的には、短期KPIと長期ビジョンの両立、挑戦を称賛する文化の醸成、組織間の学習共有の仕組み化などが挙げられます。

イノベーションは特定の部署や個人に属するものではなく、「組織が学び続ける力」によって持続します。
両利き経営の考え方を軸に、人材育成・組織設計・評価制度を統合していくことで、企業は変化に強く、継続的に新しい価値を生み出す“進化する組織”へと成長していきます。