日本で新規事業を立ち上げようとする中で、「市場は成熟している」「人材が足りない」といった壁を感じていませんか。実はその背景には、長年放置されてきたジェンダーギャップという構造的課題が存在しています。女性が本来の力を発揮できていないことで、企業や社会は大きな成長機会を逃してきました。
近年、この課題は人権や福利厚生の文脈を超え、企業価値や競争力を左右する経営テーマとして急速に注目されています。特に、女性特有の健康課題にテクノロジーで向き合うFemtechは、労働生産性の向上と新市場創出を同時に実現し得る領域です。実際に、経済損失や市場規模、投資動向を見ても無視できない数字が並び始めています。
本記事では、日本のジェンダーギャップの現状を整理しながら、Femtechがなぜ今、新規事業の有力テーマとなっているのかを俯瞰します。市場データや企業事例、政策動向を踏まえ、新規事業開発の責任者・担当者が次の一手を考えるための視点を提供します。
日本のジェンダーギャップが示す構造的課題と経済への影響
日本のジェンダーギャップは、個人の意識や企業努力だけでは説明できない構造的な問題として存在しています。世界経済フォーラムが公表したジェンダー・ギャップ指数2024によれば、日本は146カ国中118位と、主要先進国の中で極めて低い水準にとどまっています。
特に注目すべきは、教育や健康分野では世界トップクラスのスコアを維持している一方で、経済と政治分野が著しく低迷している点です。これは、日本社会が女性の能力を育成しながらも、それを意思決定や価値創出の場で十分に活用できていないことを意味します。
経済分野では、女性の労働参加率は改善しているものの、管理職比率や賃金水準に大きな男女差が残っています。いわゆるL字カーブに象徴されるように、出産や育児を機に非正規雇用へ移行するケースが多く、人的資本の蓄積が分断されています。
この構造的制約は、企業単位の問題にとどまらず、日本経済全体に直接的な影響を及ぼしています。経済産業省の試算によれば、女性特有の健康課題による経済損失は年間約3.4兆円に上るとされています。これは医療費だけでなく、生産性低下や離職による間接的損失を含んだ数字です。
| 領域 | 表面的評価 | 実態としての課題 |
|---|---|---|
| 教育 | 高水準 | STEM分野やキャリア形成での男女差 |
| 健康 | 高水準 | 月経・更年期によるQOLと生産性低下 |
| 経済 | 低水準 | 賃金格差・管理職登用の停滞 |
| 政治 | 極めて低水準 | 意思決定層への女性参画不足 |
ここで重要なのは、WEFの健康スコアが「生存」に重きを置いている点です。月経困難症や更年期障害といった、働く上でのパフォーマンスに直結する問題は評価軸に含まれていません。その結果、統計上は見えにくい損失が放置されてきました。
実際、ルナルナオフィスなどの調査では、月経随伴症状によるプレゼンティーズムによって、パフォーマンスが約45%低下するとのデータも示されています。これは個人の努力で解決できる問題ではなく、制度・技術・文化が複合的に絡み合った構造課題です。
新規事業の視点で見れば、この構造的ギャップは同時に巨大な未開拓市場でもあります。**日本経済が再成長するためには、埋もれている女性の人的資本をいかに活かすかが核心であり、ジェンダーギャップの解消は経済戦略そのものだと言えます。**
健康スコアの裏側にある見えない労働損失とFemtechの役割

世界経済フォーラムのジェンダー・ギャップ指数において、日本の「健康」スコアは長年にわたり高水準を維持しています。しかしこの評価は、現場の実態を十分に反映しているとは言えません。評価指標の中心が平均寿命や出生性比であり、**働く過程で生じる不調や生活の質の低下、労働生産性への影響が測定されていない**ためです。
この乖離が生むのが、企業や社会が見落としてきた「見えない労働損失」です。経済産業省の試算によれば、女性特有の健康課題による経済損失は年間約3.4兆円に達するとされています。その大半は医療費ではなく、**出勤はしているものの本来のパフォーマンスを発揮できないプレゼンティーズムによる損失**です。
| 健康スコアで評価される要素 | 実際に起きている課題 |
|---|---|
| 平均寿命 | 月経痛や更年期症状による集中力低下 |
| 出生性比 | 通院・不調による業務中断や判断力低下 |
| 生存の平等 | 毎月繰り返される生産性の変動 |
ルナルナ オフィスの調査によれば、月経随伴症状がある期間のパフォーマンススコアは平均55点台まで低下し、約45%の生産性が失われていると報告されています。これは個人の努力不足ではなく、**身体的な制約が構造的に放置されてきた結果**です。
このギャップを埋める役割を担うのがFemtechです。Femtechは月経、更年期、不妊といったテーマを通じて、これまで定性的・個人的な問題とされてきた不調をデータとして可視化します。経済産業省の実証事業では、体調管理アプリやオンライン診療の導入により、欠勤率の低下や自己効力感の向上が確認されています。
新規事業の視点で重要なのは、Femtechが単なる福祉施策ではなく、**健康スコアの裏に埋もれた損失を回収する経営ツール**になり得る点です。見えない労働損失を可視化し、改善余地として提示できる市場は、既存指標の外側に広がっています。
年間3.4兆円の損失が意味する新規事業の市場ポテンシャル
経済産業省が示した「年間3.4兆円の経済損失」は、単なる社会課題の深刻さを示す数字ではありません。新規事業開発の視点で見れば、未回収の価値が市場として放置されている状態を意味します。とりわけ重要なのは、この損失の大半が医療費ではなく、労働生産性の低下という形で発生している点です。
経済産業省の試算やルナルナ オフィスのデータによれば、月経随伴症状だけでも年間約4,900億円規模の労働損失が生じています。これは欠勤よりも、体調不良を抱えたまま働くプレゼンティーズムによる影響が圧倒的に大きいことを示しています。働いてはいるが、本来の力を発揮できていない時間が、日本全体で恒常的に発生しているのです。
| 損失要因 | 主な内容 | 事業機会の示唆 |
|---|---|---|
| プレゼンティーズム | 集中力低下、判断力低下 | 可視化・予測・セルフケア支援 |
| アブセンティーズム | 通院・体調不良による欠勤 | オンライン診療、在宅支援 |
| 離職・キャリア中断 | 更年期・不妊治療 | 継続就労支援、法人向けサービス |
注目すべきは、この3.4兆円が「支払われているコスト」ではなく、「取り戻せる可能性のある損失」だという点です。経済産業省は、女性の健康支援が社会全体に実装された場合、最大で年間1.1兆円規模の経済効果が生まれる可能性があるとしています。これは新規市場がゼロから生まれるのではなく、既存の損失構造が価値創出構造へ転換されることを意味します。
新規事業の観点で重要なのは、この市場が景気変動に左右されにくい点です。月経、更年期、不妊といった健康課題はライフサイクルに根差しており、需要が消失することはありません。さらに人的資本開示や健康経営の潮流により、企業側の支出意思も年々強まっています。個人の悩みと企業の経営課題が交差する領域だからこそ、3.4兆円規模の損失は、そのまま持続的な市場ポテンシャルとして読み替えられるのです。
Femtech市場の現在地と2025年以降の成長シナリオ

日本のFemtech市場は、黎明期を終え「実需が立ち上がった成長フェーズ」に入っています。矢野経済研究所によれば、2024年の国内フェムケア・フェムテック市場は約800億円規模に到達し、前年比でも着実な伸びを示しています。これは啓発やトライアル中心だった数年前とは異なり、生活者や企業が対価を支払う市場へ移行したことを意味します。
一方、Grand View Researchなど海外調査機関の推計では、日本のFemtech市場は2024年時点で約12.3億ドル規模、2030年には32.5億ドルに達するとされ、年平均成長率は17%を超える見通しです。定義の違いはあるものの、**高成長セクターである点は国内外で共通認識**となっています。
| 調査機関 | 対象 | 直近市場規模 | 将来予測 |
|---|---|---|---|
| 矢野経済研究所 | 日本(消費財・サービス) | 約800億円(2024年) | 継続的拡大 |
| Grand View Research | 日本(広義) | 約12.3億ドル(2024年) | 32.5億ドル(2030年) |
注目すべきは成長の中身です。吸水ショーツなど物販中心だった初期フェーズは成熟し、現在はオンライン診療、体調管理アプリ、企業向け支援プログラムといった**サービス型モデルへのシフト**が進んでいます。特に更年期ケアは、管理職世代の女性増加と重なり「静かな巨大市場」として浮上しています。
2025年以降の成長シナリオを考えるうえで鍵となるのは、個人需要よりも組織需要です。経済産業省が指摘する3.4兆円の経済損失を背景に、Femtechは福利厚生ではなく生産性投資として位置づけられ始めています。企業や健保組合が導入主体となるBtoBtoEモデルが、市場拡大のエンジンになります。
さらに、ウェアラブルやAIによる生体データ活用が進むことで、症状の可視化と効果検証が可能になります。これにより「効いたかどうか分からないケア」から、「数値で説明できるソリューション」へ進化し、導入判断が一気に容易になります。調査機関が示す高い成長率は、この技術進化と制度・企業需要が同時に噛み合う点に根拠があります。
Femtech市場の現在地はまだ通過点に過ぎません。2025年以降、日本では人口動態、政策、企業経営の三方向から需要が重なり、**ヘルスケアの一分野ではなく社会インフラ型市場として拡張するシナリオ**が現実味を帯びています。
政策・規制・補助金から読み解く参入環境と追い風
Femtech領域への参入環境を読み解く上で、政策・規制・補助金の動向は無視できない追い風です。近年の日本では、ジェンダーギャップ解消が単なる社会課題ではなく、経済政策の中核テーマとして位置づけられています。世界経済フォーラムの国際比較で日本の遅れが可視化されたことを受け、政府は「女性の健康課題=労働生産性の損失」という明確な経済ロジックを前提に施策を展開しています。
象徴的なのが、経済産業省による女性特有の健康課題に関する一連の政策です。同省の試算では、月経や更年期などによる経済損失が年間約3.4兆円に上るとされ、対策は企業任せではなく国家レベルの投資対象と位置づけられました。この問題意識を背景に、Femtechは「新市場創出」と「人的資本強化」を同時に実現する分野として政策的に後押しされています。
具体的な支援策として中心にあるのが、経済産業省のフェムテック等サポートサービス実証事業です。これは、製品やサービスを企業・自治体の現場に導入し、プレゼンティーズム改善や離職防止といった効果を検証する取り組みに補助金を交付する制度です。近年は単体プロダクトではなく、医療機関連携やリテラシー教育を含む包括型サービスが採択されやすい傾向にあります。
| 項目 | 内容 | 参入企業への示唆 |
|---|---|---|
| 補助金規模 | 上限約800万〜1,000万円 | PoCから事業化への初期資金を確保しやすい |
| 評価軸 | 生産性改善・行動変容 | 効果測定設計が競争力になる |
| 採択傾向 | サービス型・更年期対応 | BtoBモデルとの親和性が高い |
国の動きと並行して、地方自治体もFemtechを地域課題解決の手段として活用し始めています。東京都の相談窓口設置や不妊治療助成、愛知県の産業振興施策、富山県や鳥取県の中小企業向け導入補助など、施策の目的は多様です。ただ共通しているのは、女性が働き続けられる環境整備を通じて、人口流出防止や地元企業の競争力維持を図っている点です。
規制面では、薬機法が参入障壁として意識されがちですが、近年は透明性が高まっています。経済産業省のグレーゾーン解消制度を活用すれば、医療行為に該当するかを事前に確認しながら事業設計が可能です。実際に、医療機器認証を取得し保険適用まで実現した分娩監視デバイスの事例は、正攻法で規制を乗り越える現実的な道筋を示しています。
- 政策目的が明確なため、事業の社会的意義を説明しやすい
- 補助金と実証を活用し、顧客獲得前に実績を作れる
- 規制対応を前提にした設計が中長期の競争優位につながる
このように、現在のFemtech市場は「自己負担の新商品」を売り込む環境ではなく、「政策課題の解決パートナー」として選ばれる環境に変化しています。新規事業担当者にとっては、政策文脈を理解し、自社の技術やサービスをその延長線上に位置づけられるかどうかが、参入成否を分ける重要な視点になります。
資金調達とテクノロジー進化が示す次世代Femtechの方向性
資金調達動向を見ると、Femtechは明確に次のフェーズへ移行しています。初期のD2C型プロダクト中心の時代から、AIやバイオテクノロジーを核としたディープテック領域へと投資の重心が移りつつあります。この変化は、単なるトレンドではなく、事業のスケーラビリティと社会実装の現実性を重視する投資家の意思を反映したものです。
2024年の国内スタートアップ資金調達総額は約7,800億円と、調整局面にありながらも底堅く推移しました。スピーダなどの調査によれば、その中でFemtech関連は「医療・ヘルスケア×AI」という文脈で再定義され、調達規模の大型化が進んでいます。象徴的なのが、タンパク質設計AIを手がけるCradleのシリーズBでの約110億円調達です。同社はFemtech専業ではありませんが、婦人科疾患や生殖医療向け創薬に応用可能な基盤技術を持ち、海外トップVCが主導した点は、日本発ディープテックへの期待の高さを示しています。
一方、臨床データや実利用データを起点としたスタートアップも評価を高めています。不妊治療データ解析アプリを展開するvivolaは、プレシリーズAで1.2億円を調達しました。生殖医療専門医が関与し、実際の治療データをAIで解析するモデルは、エビデンスを重視する医療領域とスタートアップの橋渡し役として注目されています。経済産業省の実証事業でも、医学的裏付けを持つサービスが採択されやすい傾向が明確です。
テクノロジー面では、AIによる予測とIoTセンシングの融合が次世代Femtechの中核となりつつあります。ウェアラブルデバイスで取得した自律神経やホルモン変動のデータをAIが解析し、更年期症状やPMSの重症度を予測する取り組みが進んでいます。Grand View Researchによれば、日本市場ではデバイス領域が今後最大の収益源になるとされており、ハードとソフトを組み合わせた統合型モデルが有望視されています。
| 進化の軸 | 従来 | 次世代 |
|---|---|---|
| 主な収益源 | 物販・サブスク | データ・医療連携 |
| 技術基盤 | アプリ中心 | AI・IoT・バイオ |
| 評価指標 | 利用者数 | 臨床的有効性・ROI |
さらに、オンライン診療プラットフォームの定着も追い風です。ピル処方にとどまらず、更年期ホルモン療法や性感染症検査までスマホ完結型で提供され、Femtechは「日常の延長線上にある医療」へと進化しています。世界経済フォーラムが指摘するように、健康の質的課題は既存統計では捉えきれません。だからこそ、テクノロジーによる可視化と、それを支える資金の流れが、次世代Femtechの方向性を決定づけているのです。
企業導入事例に学ぶ成功要因と事業開発への示唆
企業導入事例を俯瞰すると、Femtechの成否は製品選定よりも導入設計に左右されることが明確です。成功企業に共通するのは、健康課題を個人の問題に矮小化せず、組織課題として再定義している点です。経済産業省の実証事業報告でも、単発施策より包括的プログラムの方がプレゼンティーズム改善効果が高いとされています。
丸紅の事例では、低用量ピル費用の全額負担という施策そのもの以上に、導入前の全社リテラシー教育が決定的でした。専門医による解説を通じ、月経随伴症状が治療対象であると共有されたことで、制度利用が特別扱いではなく合理的選択として受け止められました。制度の正当性を組織全体で理解させた点が利用率を押し上げています。
一方、パナソニックのOffice RizMoは、個人の体調をデータで可視化し、職場環境側が適応する設計です。利用者の声にある「自分を責めなくなった」という変化は、心理的安全性の向上を示します。WEFが指摘する日本の経済分野の停滞は、こうした無意識の自己抑制とも無縁ではありません。
| 成功要因 | 具体的施策 | 事業開発への示唆 |
|---|---|---|
| リテラシーの共通化 | 全社研修・専門医監修 | BtoB導入時は教育を商品化 |
| 心理的ハードル低減 | 第三者窓口・匿名利用 | 利用障壁をUXで除去 |
| データによる可視化 | バイタル・体調表示 | ROI説明を数値で可能に |
導入の壁としてJILPT調査が示すのは、制度ニーズと利用行動の乖離です。約3割が生理休暇環境を望みながら相談をためらう現実は、アンコンシャス・バイアスが制度効果を相殺していることを示唆します。成功企業は管理職研修を必須化し、上司判断を介さない動線を設けています。
- 個人申告を前提にしない利用設計
- 管理職の評価指標にウェルビーイングを組み込む
新規事業開発の観点では、これら事例はBtoBtoEモデルの有効性を裏付けます。経済産業省が示す最大1.1兆円のポジティブインパクトを企業単位で取り込み、効果測定まで提供できるかが競争優位になります。単機能プロダクトではなく、組織変革を含むソリューション化こそが、日本市場での持続成長の鍵です。
