多くの日本企業が直面している「レガシーシステム問題」は、長年にわたりDX推進や新規事業開発の足かせとなってきました。特に新規事業開発の現場では、既存システムの制約により、データ活用やスピーディーな仮説検証ができず、機会損失を感じている方も多いのではないでしょうか。
一方で、2023年以降に急速に進化した生成AIは、この閉塞感を打ち破る強力な手段として注目を集めています。従来は「高コスト・高リスク」とされてきたレガシー刷新が、生成AIの活用によって現実的かつ戦略的な選択肢へと変わりつつあります。
本記事では、レガシーシステムと生成AIの融合がもたらす技術革新、市場インパクト、先行企業の具体事例、そして新規事業につながるビジネスチャンスまでを体系的に整理します。レガシーを単なる負債ではなく、次の成長を生み出す資産へと転換するための視点とヒントを得ていただけるはずです。
2025年の崖が新規事業に与える本当の影響
「2025年の崖」は、単なるIT刷新の遅れを示す警鐘ではなく、新規事業の成否を左右する構造要因として作用しています。経済産業省のDXレポートでは、レガシーシステムが温存された場合、2025年以降に年間最大12兆円の経済損失が生じると試算されていますが、この数字の本質は「失われる利益」だけではありません。**新しい事業を構想し、検証し、スケールさせる企業能力そのものが削がれていく点**にこそ、本当の影響があります。
新規事業において最初に求められるのは、仮説検証のスピードです。しかし多くの日本企業では、顧客データや業務データが部門別システムに分断され、横断的な分析ができません。結果として、データ取得や加工に数か月を要し、市場検証の時点で競争に敗れるケースが頻発します。IDC Japanによれば、成長企業ほどIT投資を「守り」ではなく「攻め」に振り向けていますが、レガシー環境ではIT予算の大半が維持管理に消え、新規事業への投資余力が生まれにくい構造になっています。
この影響は、人材面でも顕在化しています。COBOLなど旧世代技術に精通した人材の引退が進む一方、新規事業に必要なデータサイエンスやAI活用人材は、レガシー保守に張り付けられがちです。Gartnerが指摘するように、2025年に向け企業は自前開発からAI機能を組み込んだ既製ソフト活用へと舵を切りつつありますが、レガシーが足かせとなり、この転換が進まない企業ほど新規事業の立ち上げが遅れます。
一方で、この「崖」は新規事業機会の裏返しでもあります。富士通の開示資料が示すように、国内のレガシーモダナイゼーション市場は2024年時点で約4,500億円規模に拡大しています。これは既存事業の延命需要であると同時に、**レガシー資産を起点とした新規サービス創出の需要**が顕在化していることを意味します。
| 観点 | レガシー温存企業 | モダナイズ着手企業 |
|---|---|---|
| 新規事業の仮説検証 | データ準備に長期間 | 短期間で反復可能 |
| IT投資配分 | 維持管理が大半 | 成長投資が中心 |
| 人材活用 | 保守に固定化 | 価値創出へ再配置 |
新規事業開発の責任者にとって重要なのは、「2025年の崖」をIT部門の課題として切り離さないことです。崖の影響は、事業アイデアの質ではなく、実行速度と学習量の差として現れます。経済産業省やIDC、Gartnerといった信頼性の高い調査が共通して示しているのは、**レガシー問題に手を付けた企業ほど、新規事業を量産できる土壌を獲得している**という事実です。
つまり、2025年の崖は「避けるべき危機」ではなく、「新規事業の競争優位を分ける分水嶺」です。この認識を持てるかどうかが、これからの事業開発の成果を大きく左右します。
レガシーシステムが抱える構造的課題と限界

多くの日本企業が直面しているレガシーシステムの問題は、単にシステムが古いという表層的な話ではありません。長年にわたる部分最適の積み重ねが、組織構造や意思決定プロセスと深く絡み合い、抜本的な変革を阻む構造的課題へと発展しています。経済産業省がDXレポートで指摘した「2025年の崖」は、その象徴に過ぎません。
第一の課題は、ブラックボックス化です。業務要件の変化に応じて場当たり的な改修が繰り返された結果、設計思想や業務ロジックがコードの奥深くに埋没しています。担当者しか分からない、あるいは誰も全体像を把握していない状態が常態化し、影響範囲が読めないために小さな変更でも過剰な慎重さが求められるようになります。
第二に、システムのサイロ化があります。部門ごとに最適化された個別システムは、全社横断でのデータ連携を困難にします。経済産業省の分析によれば、こうした分断はリアルタイムな経営判断を妨げ、データ活用による競争優位の確立を阻害します。結果として、新規事業に必要な仮説検証のスピードが著しく低下します。
第三の限界は、コスト構造にあります。IDC Japanやガートナーの調査でも示されている通り、多くの企業ではIT予算の大半が既存システムの維持管理、いわゆるラン・ザ・ビジネスに費やされています。新たな価値創出に向けた投資余力が恒常的に不足するため、挑戦的な取り組みが後回しになります。
| 構造的課題 | 具体的な状態 | 事業への影響 |
|---|---|---|
| ブラックボックス化 | 仕様書不在、属人化 | 改修リスク増大、意思決定の遅延 |
| サイロ化 | 部門別最適システム | データ活用不足、新規事業停滞 |
| コスト硬直化 | 保守費用の肥大化 | 成長投資の圧迫 |
さらに深刻なのが人的リソースの問題です。COBOLなど旧世代技術を扱えるエンジニアの高齢化と引退が進む一方、若手人材の確保は極めて困難です。システムは存在しているが、将来にわたり維持できる保証がないという状況は、経営上の重大なリスクになります。
これらの構造的課題が重なり合うことで、レガシーシステムは単なる技術負債ではなく、企業変革そのものを制約する存在となります。新規事業開発の視点で見ると、これはスピード・柔軟性・学習能力のすべてを奪う要因であり、既存事業の延長線上から抜け出せない根本原因だと言えます。
生成AIが変えたITモダナイゼーションの前提
生成AIの登場によって、ITモダナイゼーションに対する前提条件そのものが大きく書き換えられました。従来、日本企業におけるモダナイゼーションは「仕様書がない」「担当者がいない」「時間とコストが読めない」という三重苦を前提に、極めて慎重に進めざるを得ない取り組みでした。しかし現在は、ブラックボックスであること自体が、必ずしも致命的な制約ではなくなりつつあります。
経済産業省のDXレポートが指摘した「2025年の崖」は、長らく“避けるべき危機”として語られてきましたが、生成AIの文脈では“解析可能な未整理資産”へと意味合いが変化しています。LLMは数十億行規模のコードと自然言語を学習しており、コメントや設計書が欠落したコードであっても、変数の依存関係や処理の流れから機能的な意図を推定できます。富士通の資産分析・可視化サービスが示すように、人手では数年かかっていた仕様把握が、AIにより半分以下の工数で可能になることが、実証段階に入りました。
この変化は、「モダナイゼーションは全面刷新が前提」という固定観念を崩します。生成AIは移行そのものを自動化するだけでなく、現行システムを理解し、分解し、段階的に再構成する能力を持つためです。Gartnerによれば、企業は自前開発よりも既製のAI機能を組み込み、既存資産を活かしながら近代化する戦略へと急速にシフトしています。つまり前提は“捨てるか残すか”ではなく、“どう理解し、どう活用し直すか”へと移行しています。
| 観点 | 従来の前提 | 生成AI以後の前提 |
|---|---|---|
| 仕様把握 | 人への依存が不可避 | コードからAIが推定可能 |
| 移行リスク | 全面刷新は高リスク | 段階的・検証前提で低減 |
| 投資判断 | 長期・巨額が前提 | 小さく試し、拡張可能 |
さらに重要なのは、人材に関する前提です。これまでレガシー刷新は、希少なCOBOL技術者の確保がボトルネックでした。しかし生成AIは、旧世代言語を直接扱う人材の不足を補完し、モダン技術に強いエンジニアが“AIを介して”レガシーを扱う道を開きます。IDC Japanが示すIT市場の成長予測の中でも、価値の源泉は人月ではなく、AIを統合・統制できる設計力へと移っています。
このように、生成AIが変えた最大の前提は、「レガシーは重荷である」という認識そのものです。理解できないから触れない存在だったレガシーシステムが、理解可能で、再利用可能な戦略資産へと転じたこと。この前提転換を正しく捉えられるかどうかが、ITモダナイゼーションを守りの施策に終わらせるか、新たな事業機会の起点にできるかを分ける分岐点になっています。
LLMによるコード理解と仕様書復元のインパクト

大規模言語モデルがもたらした最大のインパクトの一つが、レガシーコードの理解と仕様書復元の自動化です。長年改修を重ねた基幹システムでは、設計書が失われ、コードだけが唯一の事実として残っているケースが少なくありません。**LLMはこのコードを単なる命令列ではなく、意味を持つ言語として読み解く能力を獲得しつつあります。**
従来の静的解析ツールは制御フローや依存関係を可視化できても、なぜその処理が存在するのか、どの業務ルールを反映しているのかまでは説明できませんでした。一方、数十億行規模のコードと自然言語で学習されたLLMは、変数名や処理の流れからビジネス意図を推論し、説明文として再構成できます。この違いが、ブラックボックス化の解消スピードを根本から変えています。
富士通が提供する資産分析・可視化サービスでは、コメントがほぼ存在しないコードからでも仕様書を自動生成できるとされています。同社の公開情報によれば、**人手で行っていた調査・ドキュメント作成工数を約半分に削減できる見込み**が示されており、これは単なる効率化ではなく、プロジェクトの成立可否を左右する水準です。
| 観点 | 従来手法 | LLM活用 |
|---|---|---|
| コード理解 | 構文・依存関係中心 | 文脈と意図まで解釈 |
| 仕様書 | 人手で再作成 | 自動生成が可能 |
| 立ち上げ期間 | 数か月 | 数週間レベル |
この変化が新規事業開発に与える影響は大きいです。これまでモダナイゼーションは、現行調査に時間とコストがかかり過ぎるため着手前に頓挫することが多くありました。**LLMによる仕様書復元は、検討フェーズそのものを短縮し、経営判断を前倒しする効果を持ちます。**その結果、PoC止まりだった構想が事業化に進む確率が高まります。
また、仕様書復元はIT部門だけの価値にとどまりません。生成された業務ロジックの説明は、非エンジニアである事業部門や経営層とも共有可能です。Gartnerが指摘するように、生成AIは既存顧客への価値提供を強化する方向に使われ始めていますが、**共通言語としての仕様書を再生すること自体が、部門間の断絶を埋める役割を果たします。**
一方で、LLMの出力は確率的であり、誤解釈のリスクがゼロではありません。Software Engineering分野の研究でも、説明生成は有用だが検証が不可欠だとされています。重要なのは、復元された仕様書を「正解」とみなすのではなく、レビューと検証の起点として活用する姿勢です。**人の知見とAIの理解力を組み合わせたとき、初めてレガシーは資産として再発見されます。**
エージェント型AIがもたらす開発プロセスの進化
エージェント型AIの登場は、ソフトウェア開発プロセスそのものを線形モデルから自律循環モデルへと進化させつつあります。従来の生成AIは、人間が指示を与え、コードを生成し、レビューするという補助的な役割に留まっていました。一方でエージェント型AIは、複数のAIが役割分担しながら、設計、実装、検証、修正を自律的に回す点に本質的な違いがあります。
この変化は学術的にも裏付けられています。ソフトウェア工学分野の最高峰であるICSEに関連する先行研究では、生成エージェントと検証エージェントを分離したマルチエージェント構成が、単一モデルによるコード生成よりも成功率と品質の両面で優位であると報告されています。特にVAPUと呼ばれる研究では、エージェント間でフィードバックループを形成することで、修正回数を重ねながら品質を収束させる挙動が確認されています。
重要なのは、開発の主語が「人が書く」から「AIが回し、人が監督する」へと移行し始めている点です。
実務への影響も具体化しています。国内ではセブン銀行がエクサウィザーズのエージェント型AI基盤を導入し、分析やレポーティングといった知的業務を自律化しました。この取り組みは直接的なコーディング自動化ではありませんが、要件整理や仮説検証をAIが担うことで、後工程の開発スピードと精度を高める効果を生んでいます。開発プロセス全体を俯瞰すると、エージェント型AIは下流工程だけでなく上流工程にも影響を及ぼしていることが分かります。
開発プロセスの進化を整理すると、以下のような変化が見えてきます。
| 観点 | 従来型開発 | エージェント型AI活用 |
|---|---|---|
| 設計と実装 | 人間主導で逐次実行 | AIが並列に試行し最適案を生成 |
| テストと検証 | 人手レビュー中心 | 検証エージェントが自動反復 |
| 改善サイクル | リリース単位で断続的 | 常時ループで連続的 |
この自律循環型プロセスは、新規事業開発において特に大きな意味を持ちます。仮説検証のスピードが競争力を左右する領域では、エージェント型AIが試作と検証を高速で回し、人間は判断と意思決定に集中できます。Gartnerが指摘するように、今後はAIを自社で作り込むよりも、既製のAI機能を業務に組み込み、価値創出に直結させる企業が優位に立つと考えられます。
エージェント型AIは単なる省力化ツールではなく、開発プロセスの時間軸と役割分担を再設計する存在です。この視点を持てるかどうかが、新規事業を継続的に生み出せる組織へ進化できるかの分水嶺になりつつあります。
市場規模データから読み解く成長ポテンシャル
市場規模データは、新規事業の成否を見極めるうえで最も客観的な判断材料になります。レガシーシステムと生成AIの融合領域においては、単なるIT投資の延長ではなく、構造的な成長市場へ移行しつつあることが、複数の定量データから明確に読み取れます。
まず国内市場に注目すると、富士通の開示資料によれば、国内レガシーモダナイゼーション市場は2023年の約3,500億円から2024年には約4,500億円へと急拡大しています。**わずか1年で約1,000億円規模が上積みされている点は、既存システム更新需要が一気に顕在化した証拠**といえます。背景には、経済産業省が警鐘を鳴らしてきた「2025年の崖」に加え、生成AIによって移行コストと不確実性が同時に下がったことがあります。
グローバル視点では、成長の角度はさらに鋭くなります。Mordor IntelligenceやGrand View Researchなどの調査によれば、生成AIを活用したコーディング市場は2030年に約1,000億ドル規模へ達すると予測され、年平均成長率は20%台後半から30%超に及びます。**この水準はSaaS黎明期やクラウド初期拡大期と同等であり、技術革新に裏打ちされた成長局面にあることを示しています。**
| 指標 | 規模・成長率 | 対象年 |
|---|---|---|
| 国内レガシーモダナイゼーション市場 | 約4,500億円 | 2024年 |
| 世界生成AIコーディング市場 | 約978〜1,063億ドル | 2030年予測 |
| 同市場CAGR | 23.5%〜35.9% | 2023〜2030年 |
特に重要なのは、日本市場がこのグローバル成長の「周縁」ではなく「中核」に位置づけられている点です。アジア太平洋地域は最も高い成長率が見込まれており、その中でも日本は製造業、金融業、公共分野に膨大なレガシー資産を抱えています。IDC Japanが示す国内IT市場全体の成長率8.2%と比較しても、レガシー×生成AI領域は明らかに上振れした成長カーブを描いています。
さらに注目すべきは、市場拡大の質です。Gartnerの分析によれば、企業は生成AIを自社開発するフェーズから、既存ソフトウェアやサービスに組み込まれたAIを活用する段階へ移行しています。これは、**一過性のPoC需要ではなく、継続課金型・運用型ビジネスが成立する市場へ成熟しつつあることを意味します。**
新規事業の観点で見ると、成長ポテンシャルは「市場規模×未解決課題」で評価すべきです。年間数千億円規模に達しながら、依然として多くの企業がブラックボックス化や人材不足に悩んでいる現状は、需要が顕在化しきっていない余白を示しています。**市場規模データは、この領域が既に大きいだけでなく、これから本格的に開花するフェーズにあることを冷静に物語っています。**
国内外の主要プレイヤーと競争環境の変化
レガシーシステムと生成AIを巡る競争環境は、ここ数年で質的に大きく変化しています。従来は国内大手SIerが既存顧客を中心に安定したポジションを築いていましたが、生成AIの台頭により、グローバルプレイヤーや専門特化型ベンダーが一気に存在感を高めています。競争の軸は「人月」や「長期保守」から、**AIを活用してどれだけ速く・安全にブラックボックスを解消できるか**へと移行しています。
国内では富士通や日立製作所が依然として中心的な役割を担っています。富士通は過去600社以上のシステム資産分析実績を背景に、生成AIによる可視化と設計書復元を強みにしています。経済産業省のDXレポート以降、顧客が最も恐れてきたのは「中身が分からないまま刷新するリスク」であり、**不確実性を下げる能力そのものが競争優位になっている**点が特徴です。一方、日立は金融や社会インフラといったミッションクリティカル領域で生成AIを実運用に近い形で適用し、保守的な顧客層の信頼を獲得しています。
これに対し、海外勢は異なる土俵で攻勢をかけています。IBMはメインフレームの供給者という立場を活かし、「置き換える」のではなく「その場で近代化する」戦略を明確にしています。IBM自身の技術解説によれば、COBOL資産を完全に捨てず、生成AIで段階的に再構成するアプローチは、大規模金融機関にとって現実的な選択肢です。AWSは逆に、クラウド移行を前提とした再設計を促進し、生成AIを移行作業の自動化レイヤーとして組み込むことで、スピードとスケールを武器にしています。
両者の違いは単なる技術選択ではなく、顧客の意思決定プロセスそのものに影響を与えています。**現状維持リスクを最小化したい企業はIBM型、将来のデータ活用や事業拡張を重視する企業はAWS型**を選ぶ傾向があり、競争はゼロサムではなく顧客セグメント別に分化しています。
| プレイヤー区分 | 主な強み | 競争の焦点 |
|---|---|---|
| 国内大手SIer | 業務知識・既存顧客基盤 | 可視化と信頼性の担保 |
| グローバルIT企業 | 生成AI基盤・スケール | 移行スピードと自動化 |
| 専門特化ベンダー | 確実性・低リスク | AI不確実性の回避 |
さらに見逃せないのが、TmaxSoftのような専門ベンダーの存在です。生成AIのハルシネーションを嫌う企業に対し、コードを書き換えないリホストという選択肢を提示し、**生成AI一辺倒ではない現実解**を示しています。これは競争環境が単純な技術優劣ではなく、リスク許容度やガバナンス成熟度によって多層化していることを意味します。
総じて現在の競争環境は、「誰が最も高度なAIを持つか」ではなく、**誰が顧客の不安を最も具体的に解消できるか**が勝敗を分けています。Gartnerの分析が示すように、企業は自前開発よりも実績ある既製ソリューションを選好し始めており、今後はAI技術そのものよりも、導入プロセス・検証・説明責任を含めた総合力が主要プレイヤーの明暗を分ける局面に入っています。
金融・製造業に学ぶ生成AIモダナイゼーション事例
金融・製造業は、日本企業の中でも特にレガシーシステム依存度が高く、生成AIによるモダナイゼーション効果が顕在化しやすい業界です。両業界に共通するのは、ミッションクリティカル性の高さと、長年の改修による仕様のブラックボックス化ですが、その解き方には業界特性に応じた違いが見られます。
金融業の代表例が、静岡銀行と日立製作所によるオープン勘定系システム開発です。日立の発表によれば、生成AIをコーディングと単体テスト工程に全面適用し、開発効率を約30%向上させることを目標としています。注目すべきは、AIが生成した成果物を人手で比較検証するプロセスを標準化した点です。これにより、規制産業において最大の懸念である品質と説明責任を担保しています。
海外事例では、BBVAがAWSと連携し、レガシーデータ基盤の移行検証を自動化しました。AWSの技術ブログによれば、スキーマやハッシュ値を機械的に比較する並行稼働を数か月実施し、人手では不可能な規模での検証を実現しています。生成AIは直接コードを書く役割だけでなく、検証プロセス全体の設計を高度化する触媒として機能しています。
| 業界 | 主な適用領域 | 生成AIの価値 |
|---|---|---|
| 金融 | 勘定系開発・検証 | 品質担保と開発効率の両立 |
| 製造 | 基幹・生産管理 | 仕様可視化と技術継承 |
一方、製造業では「止められない現場システム」が課題です。富士通が提供する資産分析・可視化サービスでは、生成AIがCOBOLなどで書かれた基幹・生産管理システムを解析し、仕様書を自動生成しています。富士通の公開情報によれば、従来比で約50%の工数削減効果が確認されており、熟練技術者の暗黙知をデジタル資産として再構築できる点が高く評価されています。
これらの事例から見える本質は、生成AIが単なるコスト削減ツールではなく、金融では「信頼性の再設計」、製造では「技術継承と全体最適」を実現するモダナイゼーション基盤になりつつあるという点です。新規事業開発の視点では、この業界別の価値差を前提にしたサービス設計が、成功確率を大きく左右します。
新規事業開発につながる3つの有望ビジネスモデル
レガシーシステムと生成AIの融合は、単なるIT刷新ではなく、新規事業を生み出す温床になりつつあります。特に日本企業が抱えるブラックボックス化した基幹システムは、生成AIによって「再解釈」可能な資産へと変貌しています。ここでは、新規事業開発の観点から、実現性と市場性の両面で有望な3つのビジネスモデルに絞って解説します。
仕様書復元・可視化プラットフォーム
第一のモデルは、ソースコードから仕様や業務ロジックを自動生成し、可視化するプラットフォーム型ビジネスです。経済産業省のDXレポートが指摘した通り、日本企業の多くは設計書が失われた状態でレガシーを運用しています。富士通の資産分析サービスでは、生成AIによりコメントのないコードから仕様書を復元し、従来比で約50%の工数削減が報告されています。
このモデルの本質的価値は、開発効率ではなく経営判断の高速化にあります。業務フローやデータ依存関係が可視化されることで、新規事業やM&A時のシステム制約が事前に把握でき、ITが意思決定のボトルネックにならなくなります。
AIモダナイゼーション検証サービス
第二のモデルは、生成AIが変換・再構築したコードの正当性を保証する検証特化型サービスです。生成AIは確率的モデルである以上、ハルシネーションのリスクを完全には排除できません。BBVAとAWSの事例では、全データを並行稼働させ、自動比較する検証基盤を構築することで、大規模移行を成功させています。
Gartnerによれば、今後の企業はAIを自社開発するよりも、既製のAI機能を安全に使う方向へシフトするとされています。つまり「AIを作る企業」より「AIを正しく検証する企業」に需要が集まる構造です。金融や医療など、ミスが許されない業界ほど高い付加価値を生みます。
| 観点 | 従来SI | 検証特化モデル |
|---|---|---|
| 収益源 | 人月 | 検証単価・SaaS |
| 差別化 | 要員数 | 自動化精度 |
| スケール性 | 低い | 高い |
AIネイティブ人材の育成・供給
第三のモデルは、生成AI時代に最適化された新しいIT人材を育成・供給する事業です。IDC Japanは国内IT市場が拡大する一方で、従来型エンジニアの需給ミスマッチが深刻化すると予測しています。求められるのは、コードを書く人材ではなく、AIの出力を設計・検証・統合できる人材です。
生成AIを前提にした開発プロセスを理解する人材は、SIerと事業会社の双方で不足しています。単なる研修ではなく、実案件とセットで育成・派遣するモデルは、即戦力と再現性を両立でき、新規事業として成立しやすい特徴があります。
これら3つのモデルに共通するのは、レガシーを「負債」ではなく「再利用可能な知的資産」と再定義している点です。生成AIは技術革新であると同時に、ビジネスモデル変革の触媒として機能しています。
ハルシネーションや法的リスクへの現実的な向き合い方
生成AIをレガシーシステムのモダナイゼーションに適用する際、避けて通れないのがハルシネーションと法的リスクです。特に新規事業の文脈では、技術的な魅力ばかりが先行し、「どこまで信頼してよいのか」「事業として許容できるリスクは何か」が曖昧なまま議論されがちです。現実的な向き合い方とは、ゼロリスクを目指すことではなく、リスクの性質を分解し、制御可能な形に落とし込むことです。
まずハルシネーションについてです。ArXivに公開されたVAPUの研究では、マルチエージェント型AIによりコード生成の成功率は向上した一方、自己修正プロセスの中で新たな誤りが混入する可能性も指摘されています。これは、生成AIが確率モデルである以上、構文的に正しいが意味的に誤ったコードを出力しうるという本質的制約を示しています。SoftwareMining社の比較調査が述べるように、ビジネスロジックの厳密性では決定論的手法に分があり、生成AI単体での完結は現実的ではありません。
実務で重要なのは、ハルシネーションを「排除対象」ではなく「前提条件」として設計に組み込むことです。静岡銀行と日立製作所の事例では、生成AIが作成したコードをそのまま採用せず、人手による比較検証プロセスを組み込むことで品質を担保しています。AIは一次案を高速生成し、人間は判断と責任を担うという役割分担が、ミッションクリティカル領域での現実解になりつつあります。
| リスク領域 | 具体的な問題 | 現実的な向き合い方 |
|---|---|---|
| ハルシネーション | 論理的に誤ったコード生成 | Human-in-the-Loopと自動テストの常設 |
| 著作権 | 既存コードへの依拠 | 類似度判定と学習データ管理 |
| 説明責任 | 生成根拠の不透明性 | 仕様書復元とログの保存 |
次に法的リスクです。生成AIに関する著作権問題は国際的に不透明感が強いものの、日本企業は比較的恵まれた環境にあります。文化庁が整理する著作権法30条の4により、AI学習目的での情報解析は広く認められており、これは海外の新規事業担当者からも注目されています。ただし、生成物が既存著作物と類似し、かつ依拠性が認められる場合は侵害となる点は変わりません。
そのため現実的な対策は、法務部門と連携しながら、「学習は自由、生成は管理」という原則を徹底することです。OSSライセンスの混入管理や、生成コードの類似度チェックは、事業スケールが拡大するほど重要になります。新規事業として生成AIを扱う場合、技術優位性以上に、こうしたリスク管理プロセスそのものが競争力になる局面が確実に訪れます。
ハルシネーションと法的リスクは、生成AI活用のブレーキではありません。むしろ、これらに真正面から向き合い、制御可能な形で組み込める企業だけが、レガシー×生成AIという巨大市場で持続的な価値を生み出せる段階に入っているのです。
参考文献
- 経済産業省/KDDI Business:「2025年の崖」とは 経済産業省のDXレポートに触れながらわかりやすく解説
- 富士通:モダナイゼーション|現行システム資産を分析・可視化します
- IBM:Modernizing mainframe applications with a boost from generative AI
- AWS:Effective sunset of the legacy data platform in BBVA: the migration methodology
- IDC Japan/CodeZine:IDC Japan、国内IT市場における産業分野別/従業員規模別の最新予測を発表
- arXiv:VAPU: System for Autonomous Legacy Code Modernization
