既存事業を守りながら新規事業にも挑戦する「両利きの経営」は、日本企業の新規事業開発における定番キーワードになりました。書籍やセミナーで語られる成功事例を見て、自社でも導入を進めている方も多いのではないでしょうか。
しかし現実を見ると、新規事業の失敗率は93%、DXに取り組む企業の6割以上がPoC止まりという厳しい数字が並びます。現場ではイノベーション疲れや形だけの施策が蔓延し、「両利きの経営は本当に正しいのか」と疑問を感じている担当者も少なくありません。
本記事では、なぜ両利きの経営が日本企業で機能不全に陥りやすいのかを、雇用制度、評価制度、意思決定プロセスといった構造面から整理します。さらに、PoC貧乏やイノベーションごっこといった具体的な失敗パターンをひも解きながら、現実的に取り得る打ち手を明らかにします。
精神論や成功ストーリーではなく、冷静なデータと事例をもとに、新規事業を前に進めるための現実的な視点を得たい方にとって、本記事は確かな判断材料になるはずです。
「両利きの経営」がバズワード化した背景
「両利きの経営」という言葉が日本で一気に広まった背景には、単なる経営理論の流行以上に、日本企業特有の危機感と心理的欲求が強く影響しています。2019年にチャールズ・オライリー氏とマイケル・タッシュマン氏の著書が邦訳されると、多くの経営層や新規事業責任者の間で急速に浸透しました。長期にわたる低成長、いわゆる「失われた30年」を経て、既存事業だけでは将来が描けないという不安が広く共有されていたためです。
一方で、日本企業の多くは大胆な事業転換や既存事業の破壊に対して強い抵抗感を持っています。そうした状況で提示された「既存事業の深化を続けながら、新規事業の探索も同時に行う」という考え方は、**何かを捨てずに済む都合の良い解決策**として受け取られました。ハーバード・ビジネス・スクールの研究で知られるオライリー氏自身が述べているように、本来の両利きの経営は高い緊張関係と痛みを伴う難易度の高い経営モデルですが、日本ではその厳しさよりも耳触りの良さが先行しました。
特に大きかったのが、イノベーションに対する誤解との親和性です。多くの企業では、既存製品の改良や業務効率化といった改善活動が「深化」とされ、既存顧客への新提案や周辺領域への進出が「探索」と再定義されました。**本来は異なる成功論理を持つ二つの活動が、同じ延長線上で語られた**ことで、「自分たちはすでに両利きだ」という自己認識が生まれやすくなったのです。
| 本来の理論 | 日本での一般的な受け止め |
|---|---|
| 深化と探索は別組織・別評価で運営 | 同一組織・同一評価の中で両立可能 |
| 探索は高リスク・長期視点が前提 | 短期成果や既存KPIで管理できる |
さらに、DXやオープンイノベーションの文脈と結び付いたことも、バズワード化を後押ししました。野村総合研究所などの調査でも示されている通り、多くの企業が変革の必要性は理解しているものの、何から手を付ければよいか分からない状態にありました。その空白を埋める言葉として、「両利きの経営」は非常に汎用性が高く、経営計画や中期ビジョンに組み込みやすかったのです。
結果としてこの概念は、**厳しい意思決定を先送りするための便利なラベル**として消費されていきました。理論そのものが悪いのではなく、不安を抱える組織心理と結び付いたことで、実践の難しさが意図せず希薄化された点こそが、両利きの経営がバズワード化した最大の背景だと言えます。
理論と現場のズレが生む誤解と期待過剰

両利きの経営が現場で混乱を招く大きな理由は、理論が想定する前提条件と、実際の組織環境との間に大きなズレがあるにもかかわらず、その差が十分に共有されていない点にあります。**理論はあくまで「成立条件が整った場合に機能するモデル」であり、万能な処方箋ではありません**。しかし現場では、この前提が省略されたまま期待だけが膨らみ、結果として失望や反発を生んでいます。
チャールズ・オライリーとマイケル・タッシュマンが示した両利きの経営は、深化と探索が異なる成功論理を持つことを明確に区別しています。探索は短期利益を犠牲にし、失敗を前提に学習を重ねる活動です。一方で多くの日本企業では、探索であっても既存事業と同じKPIや評価基準が適用されます。この瞬間、理論上の両立は現場では成立しなくなります。
このズレを整理すると、次のような構造が見えてきます。
| 観点 | 理論が想定する状態 | 現場で起きている実態 |
|---|---|---|
| 評価軸 | 探索は学習量や仮説検証の質で評価 | 短期PLや既存KPIで評価される |
| 失敗の扱い | 前提条件として許容される | 人事評価上のリスクとして忌避される |
| 意思決定 | 限定的な責任者による迅速な判断 | 稟議による合意形成で遅延 |
このギャップが放置されると、経営は探索に対して過剰な期待を抱きがちになります。少額投資・短期間で成果が出るはずだ、既存組織の延長で実行できるはずだ、という期待です。野村総合研究所のレポートでも示されている通り、トップのコミットメントが言葉にとどまり、リソース配分や評価制度が変わらない場合、現場は「どうせ本気ではない」と学習します。
その結果、探索は安全なテーマに矮小化されます。新規事業と銘打ちながら、実態は既存顧客向けの小幅な改善に留まり、経営は「期待したほどの成果が出ない」と不満を募らせます。**理論と現場のズレが、現場には過度なプレッシャーを、経営には過度な失望を生み出す悪循環を作っているのです**。
本来必要なのは、理論を否定することではありません。理論が成立するために何を変えなければならないのかを、冷静に直視することです。両利きの経営は「同時にやればうまくいく」という楽観的な話ではなく、既存のやり方を部分的に否定する覚悟を前提とした、極めて厳しいモデルであることを理解したとき、ようやく現場との期待値は揃い始めます。
日本企業の組織構造が探索を拒絶する理由
日本企業の組織構造が探索を拒絶してしまう最大の理由は、既存事業を最適化するために設計された組織OSが、そのまま全社に適用されている点にあります。日本企業の多くは、安定成長期に磨き上げられた仕組みを今も中核に据えており、その構造自体が不確実性を前提とする探索活動と根本的に相容れません。
代表的なのがメンバーシップ型雇用と階層的な意思決定構造の組み合わせです。職務ではなく人に仕事を紐づけ、長期雇用を前提とする制度では、組織への同調や前例踏襲が評価されやすくなります。経済学や組織論の研究でも、同質性の高い組織ほど探索的行動が抑制されることが示されています。チャールズ・オライリーらが指摘するように、探索には異質な視点と衝突が不可欠ですが、日本企業の評価制度はそれを「リスク」や「協調性欠如」として処理してしまいます。
この問題をより深刻にしているのが中間管理職を軸とした構造です。彼らは既存事業のKPIと短期的な業績責任を負いながら、同時に新規事業への協力を求められます。野村総合研究所の調査でも、イノベーション推進が停滞する要因として、現場と新規事業部門をつなぐ管理職層のインセンティブ不全が繰り返し指摘されています。探索に人材や時間を割くことは、管理職自身の評価リスクを高める行為になっているのです。
| 組織要素 | 既存事業に最適化された論理 | 探索との衝突点 |
|---|---|---|
| 評価制度 | 減点主義・失敗回避 | 試行錯誤が評価されない |
| 意思決定 | 稟議による合意形成 | スピードと大胆さが失われる |
| 人材配置 | 定期異動・ゼネラリスト育成 | 専門性と継続性が断たれる |
さらに稟議制度に象徴される集団意思決定も、探索を拒絶する装置として機能します。不確実な挑戦ほど説明責任が過剰に求められ、法務や財務の既存基準でリスクが洗い出されます。その過程で、競争力の源泉となる尖った要素が削ぎ落とされ、結果として誰も反対しないが誰も熱狂しない企画だけが残ります。これは慎重さではなく、組織的な学習機会の放棄です。
このように、日本企業の組織構造は「失敗しないこと」を前提に精緻化されてきました。その延長線上で探索を行おうとする限り、探索は異物として免疫反応を起こされ、排除されます。探索がうまくいかないのは現場の能力不足ではなく、探索が成功しないように設計された構造の中で実行されているからだと理解することが、次の一手を考える出発点になります。
メンバーシップ型雇用と評価制度の限界

メンバーシップ型雇用と評価制度は、日本企業の競争力を長年支えてきた中核的な仕組みですが、新規事業開発という文脈では明確な限界を露呈しています。職務ではなく人に仕事を紐づけ、長期雇用と年次評価を前提とするこの仕組みは、安定的なオペレーションや改善活動には適している一方で、不確実性が極端に高い新規事業とは構造的に相性が悪いのです。
最大の問題は、評価の物差しが既存事業の論理に固定されている点です。多くの企業では、協調性、減点の少なさ、計画遵守といった要素が人事評価の中心に据えられています。これは経済産業省や労働政策研究・研修機構の雇用研究でも指摘されており、メンバーシップ型雇用が「同質的で摩擦の少ない人材」を再生産しやすいことが示されています。その結果、**新規事業に不可欠な異論、逸脱、試行錯誤が評価上のリスクとして扱われてしまいます**。
| 観点 | 既存の評価ロジック | 新規事業に必要な行動 |
|---|---|---|
| 成果の捉え方 | 短期の数値達成、計画通り | 仮説検証の質、学習速度 |
| 失敗の扱い | 減点対象、説明責任 | 前提条件、次の意思決定材料 |
| 人材像 | 調整力の高いゼネラリスト | 尖った専門性と意思 |
このギャップが放置されると、現場では合理的な行動が選ばれます。つまり、評価を落とさないために無難なテーマを選び、失敗確率の高い挑戦は避けるという判断です。スタンフォード大学のチャールズ・オライリー教授が指摘するように、探索活動には既存組織とは異なる成功基準が必要ですが、日本企業の多くは制度を分けきれず、同じ評価軸で測ろうとします。その瞬間、新規事業は「既存事業の劣化版」に変質します。
さらに深刻なのは、異動を前提とした人材ローテーションです。新規事業は3年、5年単位で仮説検証を積み重ねる活動であるにもかかわらず、評価や育成の都合で担当者が入れ替わると、知見は蓄積されません。**個人にとっては合理的なキャリア選択が、組織にとっては学習の断絶を生む**という逆説がここにあります。
新規事業が進まない理由を個人の意識や能力に帰結させる限り、状況は変わりません。評価制度が行動を規定する以上、制度を変えずに行動だけを変えることはできないのです。この構造的限界を直視できるかどうかが、新規事業を本気で成功させたい企業と、掛け声だけで終わる企業を分ける分岐点になります。
中間管理職が板挟みになる構造的問題
中間管理職が新規事業開発の文脈で批判の矢面に立たされることは少なくありませんが、問題の本質は個人の意識ではなく、構造的な板挟みにあります。彼らは経営トップと現場をつなぐ存在であると同時に、両者の矛盾を一身に引き受ける調整弁として機能させられています。
経営層は「挑戦せよ」「失敗を恐れるな」と探索を促します。一方で中間管理職には、既存事業のPL責任、短期KPIの達成、人員稼働率の最適化といった深化の論理が厳しく課されています。探索に人や時間を割けば、評価指標が即座に悪化する設計の中で、探索を優先することは合理的な選択ではありません。
| 要求元 | 求められる行動 | 中間管理職への影響 |
|---|---|---|
| 経営トップ | 新規事業への挑戦、変革の推進 | 成果不確実な活動への関与を期待される |
| 既存事業 | 短期業績の維持・向上 | 確実性と効率性を最優先せざるを得ない |
| 人事評価制度 | 減点主義、達成率重視 | 探索への関与がリスクになる |
野村総合研究所のレポートによれば、日本企業におけるイノベーション停滞の要因として、中間管理職層に対するインセンティブ設計の欠如が繰り返し指摘されています。新規事業に人材を出しても評価されず、むしろ自部門の数字が悪化すれば責任を問われる。この状況では「協力しない」ことが自己防衛として合理化されます。
その結果、中間管理職は無意識のうちに探索を抑制する行動を取ります。例えば、有望だが不確実な企画に対して「もう少し情報がそろってから」と判断を先送りしたり、優秀な部下の異動を拒んだりします。これらは抵抗というより、評価制度に適応した結果としての行動です。
さらに問題を深刻にしているのが、権限と責任の非対称性です。探索プロジェクトに関与しても、中間管理職には最終的な意思決定権が与えられないケースが大半です。決定は経営会議に委ねられる一方、現場調整や説明責任は中間管理職が負う。この構図は心理的安全性を著しく損ない、挑戦的な提案を避ける学習を組織に刷り込みます。
ハーバード・ビジネス・スクールのオライリー教授らが指摘するように、探索と深化は異なる成功論理を持ち、同一の管理構造で両立させること自体が高難度です。それにもかかわらず、日本企業ではその矛盾を中間管理職に吸収させる設計が常態化しています。板挟みが個人の問題として語られる限り、同じ失敗は繰り返されます。
中間管理職が疲弊し、探索を遠ざける行動に出るのは、組織として見れば自然な帰結です。この構造を直視せずに意識改革だけを求めることは、症状に対して精神論の処方箋を出しているに過ぎません。
65%が陥るPoC貧乏の実態
新規事業開発に取り組む日本企業の多くが抜け出せずにいる状態が、いわゆるPoC貧乏です。DXや新規事業を掲げ、概念実証を繰り返しているにもかかわらず、事業化や収益化に至らないケースが常態化しています。IT分野の調査で知られるDell Technologiesのグローバル調査をITmediaが報じた内容によれば、DXに着手した日本企業の65%以上がPoC段階で停滞しているとされています。
本来PoCは、短期間で仮説の可否を見極め、次の意思決定につなげるための手段です。しかし現場では、PoCを実施すること自体が目的化し、終わりのない検証ループに陥っています。**PoCをやっている限り、誰も大きな責任を取らなくて済む**という構造が、この問題を温存させています。
| 観点 | 本来のPoC | PoC貧乏の実態 |
|---|---|---|
| 目的 | 仮説検証とGo/No-Go判断 | 検証の継続そのもの |
| 期間 | 数週間〜数か月 | 1年以上の長期化 |
| 意思決定 | 次フェーズへの投資判断 | 判断の先送り |
調査データを詳しく見ると、PoCが長期化する企業ほど、PoC後の予算や体制が事前に設計されていない傾向があります。PoCの結果が良くても悪くても、本格展開のための予算が確保されていないため、「もう少し検証しよう」という結論しか出せません。**PoCの成功条件と失敗条件が定義されていないPoCは、必ず延命します。**
また、評価制度の問題も見逃せません。多くの企業では、PoCを無難に完遂することが評価され、PoCを打ち切る判断や大胆なピボットは評価されにくい構造になっています。ハーバード・ビジネス・スクールのオライリー教授らが指摘するように、探索活動にはスピードと撤退判断が不可欠ですが、日本企業では「やめる決断」が最も高い心理的コストを伴います。
現場担当者の視点に立つと、PoC貧乏はさらに深刻です。エンジニアや事業担当者は、事業化されないと分かっていながらPoCを繰り返し、学習が組織に蓄積されないままプロジェクトがリセットされます。**PoC貧乏は、資金の浪費であると同時に、人材の消耗戦**でもあります。
PoC貧乏に陥る企業の共通点は、PoCを経営の意思決定プロセスに組み込めていないことです。PoCの結果を受けて誰が、いつ、どの基準で次の投資判断を下すのかが曖昧なままでは、PoCは安全な待避所になります。結果として、PoCは挑戦の証明ではなく、変われない組織の免罪符として機能してしまうのです。
イノベーションごっこが生まれる組織メカニズム
イノベーションごっこは、個々人の意識の低さから生まれるものではなく、組織が合理的に振る舞った結果として必然的に発生する現象です。多くの企業では、挑戦を称賛する言葉とは裏腹に、実際の組織メカニズムが挑戦を回避する方向に最適化されています。そのズレが、形式だけのイノベーション活動を量産します。
典型的なのが評価と責任の設計です。新規事業は不確実性が高く、短期的な成果が見えません。しかし人事評価は依然として単年度の達成度や減点主義に基づいています。結果として担当者は、失敗確率の高い本質的挑戦ではなく、失敗しにくく説明しやすい活動を選びます。アイデアソンやPoCが乱立する背景には、この合理的な自己防衛があります。
| 組織要素 | 表向きの狙い | 実際に起きる行動 | 生まれる帰結 |
|---|---|---|---|
| 評価制度 | 挑戦の促進 | 無難な成果づくり | 形だけの新規性 |
| 意思決定 | 慎重な合意形成 | 責任回避 | 尖りの消失 |
| 予算管理 | 統制と効率 | 小粒な実験の分散 | PoC止まり |
加えて、日本企業特有の稟議や合議制は、探索活動において強力な免疫機構として働きます。未知の事業を既存事業と同じ物差しで審査すると、リスク指摘が積み重なり、最終的には誰も反対しない代わりに誰も期待しない案に収束します。ハーバード・ビジネス・スクールのオライリー教授らが指摘するように、探索は本来、少数の強い意思決定者による暫定的な賭けであり、全員合意とは相性が悪いのです。
さらに問題なのは、経営層と現場の間に生じるシグナルの歪みです。トップが「失敗を許容する」と語りながら、撤退基準や損失許容額を明示しない場合、現場は空気を読みます。その結果、「本気でやると危ない」「やっている感を出すのが最適解だ」という学習が組織に蓄積されます。これが繰り返されることで、イノベーションは成果創出の手段ではなく、社内政治を円滑にする儀式へと変質します。
重要なのは、イノベーションごっこは怠慢の産物ではなく、誤った制度設計の帰結だと認識することです。制度が変わらない限り、人だけを入れ替えても結果は同じです。新規事業が進まない組織ほど、実は極めて合理的に設計され、合理的に運用されています。その冷徹な事実を直視しない限り、ごっこ遊びは形を変えて再生産され続けます。
新規事業93%失敗という統計が示す現実
新規事業の93%が失敗するという統計は、多くの企業にとって受け入れがたい現実です。しかしこの数字は、日本企業の能力不足を示すものではなく、新規事業という活動そのものが本質的に高リスクであることを示しています。ダイヤモンド・オンラインが紹介する調査によれば、利益創出まで到達する新規事業は全体の7%に過ぎません。これは世界的に見ても極端に低い水準ではなく、むしろイノベーションの宿命に近い数字です。
問題の本質は失敗率の高さではなく、その失敗を前提とした設計が日本企業に存在しない点にあります。米国のベンチャー投資の世界では、成功は多数の失敗の上に成り立つという考え方が共有されています。一方、日本企業では一つの新規事業に過剰な期待と責任を背負わせ、失敗した瞬間に個人や組織が評価を失う構造が温存されています。
| 観点 | グローバル標準 | 日本企業の典型 |
|---|---|---|
| 失敗の扱い | 学習コストとして許容 | 責任追及の対象 |
| プロジェクト数 | 多数同時進行 | 少数精鋭 |
| 評価軸 | 挑戦回数と学習 | 短期成果 |
93%という数字が示しているのは、単発勝負では新規事業は成立しないという冷徹な事実です。本来は複数の仮説を同時に検証し、その大半が失敗することを前提にポートフォリオとして管理すべきものです。しかし多くの企業では、慎重な事前調査に時間をかけた末に一度きりの挑戦を行い、その失敗で組織全体が萎縮してしまいます。
さらに深刻なのは、失敗からの学習が組織に蓄積されない点です。稟議や合意形成を重ねた結果、誰もが関与した意思決定となり、失敗時には原因が曖昧化します。結果として、次の挑戦に活かされる知見が残らず、同じ失敗が繰り返される構造が固定化されます。
93%失敗という統計は、新規事業を止めるための警告ではありません。むしろ、失敗を織り込んだ経営設計へ転換できているかを問う鏡です。この現実を直視できない限り、日本企業はいつまでも成功確率7%の壁を越えられません。
成功企業に共通するM&Aと外部活用の視点
成功企業の新規事業を丹念に分析すると、社内でゼロから全てを生み出そうとする発想から早期に脱却している点が共通しています。**M&Aや外部リソースの活用を、成長の近道ではなく生存戦略として位置づけている**のです。両利きの経営が機能不全に陥りやすい日本企業において、この視点は特に重要です。
ダイヤモンド・オンラインが報じた新規事業失敗率93%という数字が示す通り、自前主義で探索を行うことは極めて成功確率が低い賭けです。チャールズ・オライリー教授が指摘するように、探索には既存組織とは異なる時間軸と成功論理が求められますが、日本企業の組織OSはそれを内製で許容しにくい構造を持っています。そこで多くの成功企業は、**時間と確率をお金で買う選択**をしています。
たとえば日本電産は、モーター分野で国内外の企業を継続的に買収し、技術・人材・販路を一気に取り込む戦略を取ってきました。これは単なる規模拡大ではなく、「探索フェーズを短縮するためのM&A」です。ゼロから試行錯誤を繰り返す代わりに、すでに市場適合をある程度証明した事業体を獲得し、自社の資本力と顧客基盤で一気にスケールさせています。
| 観点 | 内製主義 | M&A・外部活用 |
|---|---|---|
| 時間軸 | 0→1に長期間 | 0→1を短縮可能 |
| 成功確率 | 極めて低い | 相対的に高い |
| 組織摩擦 | 既存組織の免疫が発動 | 外部組織として隔離可能 |
楽天によるフリマアプリ事業の買収も同様です。CtoC市場で後発だった楽天は、内製で時間をかけるのではなく、Fablicを買収することで一気に競争の土俵に立ちました。ここで重要なのは、**M&Aを新規事業の失敗回避策としてではなく、探索の一部として組み込んでいる点**です。買収後も既存事業の論理を押し付けず、一定の独立性を保つことで成長を加速させています。
野村総合研究所のレポートでも示されている通り、外部活用が失敗する最大の原因は目的の曖昧さです。成功企業は、単にスタートアップと組むのではなく、「どの時間を買うのか」「自社のどの弱点を補完するのか」を明確に定義しています。その結果、オープンイノベーションがPoC止まりで終わる事態を避けています。
新規事業開発において、M&Aや外部活用は万能薬ではありません。しかし、**内製だけで両利きを実現できるという幻想を捨てた企業だけが、冷静にこの手段を使いこなしています**。成功企業に共通するのは、プライドよりも確率を、過去の延長よりも未来の生存を優先する視点なのです。
真に機能する両利き経営に必要な組織設計
真に機能する両利き経営を実現するうえで、最も重要かつ見落とされがちなのが組織設計です。多くの日本企業では、既存組織の延長線上に新規事業チームを配置することで両立を図ろうとしますが、この設計自体が機能不全の原因になっています。チャールズ・オライリーとマイケル・タッシュマンが指摘するように、深化と探索は成功の論理、時間軸、評価基準が根本的に異なり、同一の組織OSで共存させることは極めて困難です。
特に日本企業では、メンバーシップ型雇用や稟議制度、減点主義の評価が強固に組み込まれており、探索組織は既存組織の免疫機能によって徐々に無力化されていきます。**両利きを本気で機能させるには、部分最適ではなく構造そのものを分ける覚悟が必要です。**
探索と深化で分けるべき組織設計の要点
| 設計要素 | 既存事業(深化) | 新規事業(探索) |
|---|---|---|
| 意思決定 | 稟議・合意形成重視 | 少人数による迅速判断 |
| 評価基準 | 利益・効率・安定性 | 学習量・仮説検証速度 |
| 人材要件 | 組織適応力の高い人材 | 異質性と専門性を持つ人材 |
この分離を中途半端に行うと、探索側は既存事業の物差しで評価され、挑戦するほど不利になります。その結果、無難な企画だけが残り、PoCを繰り返すだけの停滞状態に陥ります。ITmediaが報じた調査で、DXに取り組む企業の65%以上がPoC段階から抜け出せていない事実は、組織設計の失敗を如実に示しています。
有効な打ち手として注目されるのが、事業を法的にも切り出すカーブアウトです。京セラと東大IPCの事例が示すように、独立法人化することで意思決定速度が飛躍的に向上し、報酬設計や資金調達も探索に適した形へ転換できます。**探索組織に市場原理を持ち込むこと自体が、規律として機能する**点も重要です。
一方で、組織を分けただけでは両利きにはなりません。経営トップが両組織の矛盾を引き受け、探索側を既存組織の短期合理性から守り続ける必要があります。野村総合研究所のレポートでも、トップのリソース配分と一貫した関与が欠けた場合、組織分離は形骸化すると指摘されています。
真に機能する両利き経営とは、組織をきれいに調和させることではありません。**あえて分断と緊張を内包した組織設計を行い、その不安定さをマネジメントすること**です。この設計思想を持てるかどうかが、両利き経営をスローガンで終わらせる企業と、実装できる企業を分ける決定的な差になります。
参考文献
- ITmedia:「PoC貧乏」の実態が調査で明らかに 5年前にDXをスタートした企業の現在地
- ダイヤモンド・オンライン:日本企業の新規事業は93%が失敗、なぜうまくいかないのか
- ILS:オープンイノベーション失敗の原因と対策|避けるべき落とし穴
- ORICON NEWS:現場をめちゃくちゃにする『改革ごっこリーダー』の特徴とは?
- ダイヤモンド・オンライン:『両利きの経営』著者が指摘、日本企業の多くがイノベーションを誤解している理由
- 野村総合研究所:『両利きの経営』の実践
