ここ数年、新規事業としてマイクロSaaSに取り組んできたものの、「競合が急増して差別化が難しい」「解約が増え、成長が鈍化している」といった違和感を覚えている方も多いのではないでしょうか。

2010年代に広がったマイクロSaaSの黄金期は、いま大きな転換点を迎えています。企業はSaaSの乱立による管理負荷やコスト増に直面し、ツールの統合と選別を本格化させています。そこに生成AIの急速な進化が重なり、これまで価値を持っていた単機能SaaSが一瞬で代替されるケースも珍しくなくなりました。

一方で、日本市場に目を向けると、「2025年の崖」や深刻な人手不足、事業承継問題といった構造課題が、新たなSaaS需要やM&Aの潮流を生み出しています。本記事では、こうした環境変化を踏まえ、新規事業開発の責任者・担当者が今後どの領域に賭けるべきか、そして撤退や売却を含めた現実的な戦略を考えるための視点を整理します。マイクロSaaSは本当に終わったのか、その答えを一緒に探っていきます。

SaaS市場は今どこに向かっているのか

現在のSaaS市場は、拡大そのものよりも成長の質が問われる局面に入っています。2010年代はクラウド基盤の低価格化やAPI、ノーコードツールの普及によって参入障壁が下がり、マイクロSaaSが爆発的に増えました。しかし2024年以降、その反動とも言える構造変化が明確になっています。

BetterCloudの調査によれば、企業が利用するSaaSの平均数は2023年の112個から2024年には106個へと減少しました。これは景気後退による一時的な引き締めではなく、ツール過多による運用負荷やコスト増に対する「SaaS疲れ」が顕在化した結果です。CFO主導で不要・重複ツールを整理する動きが、グローバルで常態化しつつあります。

指標 直近の変化 示唆
企業あたりのSaaS数 112 → 106 ツール削減・統合が進行
SaaS統合率 14% → 5% 無差別M&Aの終焉
AI投資率 95% AI非対応SaaSは選定外

GartnerやIDCによると、SaaS市場規模自体は2025年に約3,000億ドルへ成長すると予測されています。一方で、その中身は大きく変質しています。新規SaaSが次々と市場を押し広げる構図ではなく、既存の大手プラットフォームが単価上昇やクロスセルによって成長を吸収するフェーズに移行しています。

この変化を象徴するのが「アンバンドリングからリバンドリングへの回帰」です。Zuoraが指摘するように、かつては巨大スイートから切り出された単機能SaaSが支持されましたが、現在は再び統合型への需要が高まっています。背景には、ベンダー管理コストの増大と、AI活用に必要なデータ統合の必然性があります。

特に生成AIの普及は市場のルールを塗り替えました。HFS Researchが述べる「Generative AI eats SaaS」という言葉通り、AIが代替できる機能しか持たないSaaSは急速に価値を失っています。単機能ツールは、AI機能を内包したプラットフォームに吸収されるか、市場から姿を消すかの二択に迫られています。

日本市場では、これに加えて「2025年の崖」や労働力不足といった独自要因が重なります。その結果、単なる便利ツールではなく、業務継続や法対応に直結するSaaSが選別される傾向が強まっています。SaaS市場は今、数を競う時代から、成果と持続性を競う時代へと確実に舵を切っています。

マイクロSaaSが直面する統合と淘汰の現実

マイクロSaaSが直面する統合と淘汰の現実 のイメージ

マイクロSaaSが直面している最大の現実は、市場が拡大する一方で、選ばれるプロダクトの数は確実に減っているという点です。2010年代に進んだSaaSの爆発的増加は、企業側に「ツール過多」という副作用をもたらしました。BetterCloudの調査によれば、企業が利用するSaaSの平均数は2023年の112個から2024年には106個へと減少しています。これは景気後退による一時的なコスト削減ではなく、構造的な整理が始まったことを示しています。

この変化の本質は、単なる解約増加ではありません。統合と淘汰が同時並行で進み、残るSaaSの条件が急激に厳しくなっているのです。CFO主導で進むITコスト管理の高度化により、「既存スイートで代替できるか」「利用頻度とROIは見合っているか」という問いに答えられないマイクロSaaSは、真っ先に見直し対象になります。Gartnerが指摘するように、今の企業は新規ツール導入よりも、既存環境の最適化を優先しています。

観点 過去の評価軸 現在の評価軸
導入判断 現場の便利さ 全社最適・重複排除
価格 低価格なら許容 ROIが明確であること
機能 単機能でも可 統合・拡張可能性

一方で、M&Aによる統合は減速しているように見えます。実際、SaaSの統合率は2023年の14%から2024年には5%へと低下しました。しかしこれは買い手の意欲低下ではなく、「買収に値するマイクロSaaS」が限られてきたことの裏返しです。収益性が弱く、差別化も乏しいプロダクトは、M&Aに至る前に静かに市場から消えていきます。

特に影響を受けているのが、ベスト・オブ・ブリード戦略の隙間を狙ってきた単機能型SaaSです。SalesforceやMicrosoftといった大手プラットフォームが標準機能を拡張するにつれ、かつては独立して成立していたニッチが急速に埋められています。「便利だが必須ではない」プロダクトは、生存理由を説明できなければならない段階に入りました。

日本市場でもこの流れは例外ではありません。むしろ企業文化としてツールを増やしてきた反動から、整理圧力は強く出ています。Josysなどの調査が示す通り、同一用途のSaaSが重複契約され、十分に使われないまま放置されているケースが多発しています。この状況下で、マイクロSaaSは単体で戦う存在から、統合される前提の部品へと役割を変えつつあります

統合と淘汰の現実とは、市場が冷え込んだという話ではありません。価値の定義が変わり、「残る理由」を持たないSaaSが許容されなくなったという事実です。この現実を直視できるかどうかが、新規事業としてマイクロSaaSに取り組む際の最初の分水嶺になります。

生成AIがSaaSの価値基準をどう変えたか

生成AIの普及は、SaaSの価値基準を根底から書き換えました。従来、SaaSは「どれだけ多機能か」「UIがどれほど使いやすいか」「現場に定着するか」が評価軸でしたが、現在はそれだけでは不十分です。生成AIの登場により、SaaSの価値は“操作するツール”から“成果を自動的に生み出す仕組み”へと移行しています。

HFS Researchが提唱した「Generative AI eats SaaS」という言葉が象徴するように、生成AIはSaaSの一部機能を代替する存在ではなく、価値の源泉そのものを飲み込み始めています。文章作成、要約、分類、予測といった知的作業は、もはや単独SaaSの差別化要因ではありません。OpenAIやGoogleの基盤モデルの進化により、これらは“前提機能”になりつつあります。

この変化を最も端的に示すのが、いわゆるラッパーSaaSの失速です。基盤モデルのAPIにUIを被せただけのSaaSは、モデル側のアップデート一つで価値を失います。米国のJasperは、生成AIによるコピー作成SaaSとして一時は高い評価を受けましたが、ChatGPTの一般化とともに成長が鈍化し、事業戦略の大幅な転換を余儀なくされました。この事例は、「AIを使っていること」自体が価値にならない時代に入ったことを示しています。

生成AI時代のSaaS価値は「機能」ではなく「文脈」「データ」「成果」に移行しています。

具体的には、SaaSは次の3つの観点で再評価されるようになりました。第一に、業務文脈への深さです。同じ生成AI機能でも、業界固有の用語、規制、業務フローを理解した上でアウトプットできるかが問われます。第二に、独自データの蓄積です。Bain & Companyの分析によれば、エージェント型AIが自律的に業務を遂行するためには、信頼できる構造化データへの継続的アクセスが不可欠だとされています。第三に、成果への直結性です。操作時間を減らしたかではなく、意思決定の質やリードタイムをどれだけ改善したかが評価されます。

従来のSaaS評価軸 生成AI以降の評価軸
多機能・UI/UXの良さ 業務成果への直結度
操作のしやすさ AIによる自動化・代行度
単体での完成度 他システム・AIとの連携性

さらに重要なのが、エージェント型AIの台頭です。Bain & Companyによれば、ユーザーがSaaSにログインして操作する前提そのものが崩れ始めています。AIがAPI経由でSaaSを操作し、経費精算やデータ入力を自律的に完了させる世界では、画面の使いやすさは競争優位になりません。SaaSは「人が使うプロダクト」から「AIが使うインフラ」へと役割を変えています。

新規事業開発の観点で見ると、これはSaaSの価値設計を根本から見直す必要があることを意味します。生成AI時代に評価されるSaaSとは、AIにとって使いやすいAPIを持ち、業務データが一貫して蓄積され、最終的に人間の意思決定や成果を確実に前進させる存在です。単なる効率化ツールではなく、成果を納品する存在へ。この価値基準の転換を理解できるかどうかが、次のSaaS事業の成否を分けています。

ラッパーSaaS失速から学ぶ教訓

ラッパーSaaS失速から学ぶ教訓 のイメージ

ラッパーSaaSの失速は、生成AI時代における新規事業開発の落とし穴を端的に示しています。基盤モデルのAPIを活用し、薄いUIや業務特化テンプレートを重ねるだけのビジネスは、初期にはスピードと低コストを武器に急成長しました。

しかし**基盤モデル提供者自身が同等以上の機能を標準提供し始めた瞬間、差別化が一気に崩壊**します。HFS Researchが指摘する「Generative AI eats SaaS」という言葉の通り、AIの進化速度は個別SaaSの改良速度を容易に上回ります。

象徴的なのがJasper AIです。マーケティング文章生成で評価額15億ドルに到達しましたが、ChatGPTの一般公開後、独自価値は急速に希薄化しました。結果として評価額調整とレイオフを余儀なくされ、現在はブランドデータや業務文脈を統合したAIコパイロットへと戦略転換しています。

観点 初期ラッパーSaaS 失速後に求められた要素
価値の源泉 UIとプロンプト設計 業務データと文脈知識
競争優位 開発スピード 顧客固有データの蓄積
代替リスク 極めて高い 相対的に低い

ここから得られる最大の教訓は、**AIそのものを価値にしない**ことです。GartnerやBainの分析でも、持続的なSaaS価値はアルゴリズムではなく「独自データ」「業務フローへの深い組み込み」に宿るとされています。

新規事業として重要なのは、AIを使って何を“生成”するかではなく、**どの業務成果を代替・短縮・自動完遂できるか**という視点です。単機能の置き換えではなく、判断・承認・実行までを包含する設計でなければ、次のモデルアップデートで再び飲み込まれます。

ラッパーSaaSの失速は失敗談ではなく、AI時代における事業設計の指針です。基盤技術に依存するほど、事業の寿命は短くなる。この現実を直視できるかどうかが、新規事業の成否を分けます。

日本市場特有の構造変化とビジネス機会

日本市場では、グローバルなSaaS統合・淘汰の潮流に加えて、国内固有の構造変化が同時多発的に進行しています。これらは一見すると制約条件に見えますが、視点を変えれば新規事業にとって明確なビジネス機会の源泉でもあります。

象徴的なのが、経済産業省が指摘する「2025年の崖」です。老朽化・ブラックボックス化した基幹システムが企業競争力を損ない、2025年以降に最大年間12兆円の経済損失が生じうるとされています。SAPの2027年問題に代表されるERP刷新需要は、単なるクラウド移行では解決せず、日本企業特有の業務慣行との不整合が顕在化しています。Gartnerによれば、ERP導入プロジェクトの7割以上が当初目標を達成できていないとされ、「標準SaaSが合わない」というギャップそのものが市場として存在しています。

構造変化 日本市場での特徴 生まれる機会
2025年の崖 レガシー依存と過度な業務個別化 業界特化・現場適応型SaaS
労働力不足 少子高齢化と法規制強化 省人化・自動化を前提としたDX
事業承継問題 黒字でも後継者不在 SaaSのM&A・再成長モデル

次に、世界最速で進行する少子高齢化と「2024年問題」による労働時間規制です。物流・建設・医療といった現場産業では、人手不足が効率化の議論を超えて「事業継続リスク」になっています。FGLテクノソリューションズの分析でも、IT活用はコスト削減ではなく法令遵守と稼働維持のための必須投資と位置づけられています。ここでは多機能な汎用SaaSよりも、現場作業員でも使える極端にシンプルなUIや、AIによる入力自動化に価値が集まります。

さらに日本特有なのが、SaaSの「使われなさ」が顕在化している点です。JosysやうるるBPOの調査によれば、SaaS導入後に生産性向上を強く実感している人は4割未満に留まり、多機能すぎて使いこなせていないことが主要因とされています。このSaaSスプロールは、新しいSaaSの需要ではなく、既存SaaSを整理・統合する需要を生み出しています。

日本企業は「新しいツール」よりも、「今あるツールをどう減らし、どう活かすか」に予算を使い始めています。

最後に、事業承継問題とSaaSの親和性です。日本では後継者不在を理由に、黒字でも廃業する中小企業が後を絶ちません。DNX VenturesやDBJが支援するサーチファンドの事例が示す通り、ストック型収益でキャッシュフローが安定したSaaSは、買収後に再成長させやすい資産として注目されています。これは、新規事業担当者にとって「自ら育てる」だけでなく「見つけて組み替える」成長戦略が成立することを意味します。

日本市場の構造変化は複雑で参入障壁も高い一方、海外プレイヤーが簡単に踏み込めない領域を数多く内包しています。制度、慣行、人材という制約条件を深く理解したプレイヤーだけが、淘汰の裏側にある持続的なビジネス機会を掴むことができます。

SaaS統合を加速させるM&Aとロールアップ戦略

SaaS統合を実質的に前に進めている原動力が、M&Aとロールアップ戦略です。市場全体の成長が鈍化する中で、単独でのプロダクト成長には限界が見え始め、時間を買う手段としての買収が再評価されています。特に日本では、マイクロSaaSの数が増えすぎた結果、機能価値よりも統合価値が重視される局面に入っています。

GartnerのSaaS市場分析によれば、近年のM&Aは「売上拡大」よりも「顧客維持率の改善」と「データ統合による付加価値創出」を主目的とする傾向が強まっています。これは、解約率の低下がLTVに与える影響が、価格改定や新規獲得よりも大きいと認識され始めたためです。

この文脈で注目されるのがロールアップ戦略です。ロールアップとは、同一または隣接ドメインのSaaSを連続的に買収し、一つの統合プラットフォームへ束ねる手法です。単発のM&Aと異なり、買収後のPMIを前提に設計されている点が特徴です。

観点 単発M&A ロールアップ戦略
主目的 機能・人材の獲得 市場支配力とLTV最大化
買収頻度 不定期 継続的・計画的
統合設計 事後対応が多い 事前に共通基盤を設計

日本市場では、マネーフォワードによる社宅管理SaaSの買収事例が象徴的です。会計や人事労務というコア領域に、福利厚生という周辺業務を組み込むことで、顧客単価の上昇と解約抑制を同時に実現しています。IDCも、バックオフィス系SaaSにおいては「業務横断型統合」が今後5年間の主要成長ドライバーになると指摘しています。

一方で、買い手は大手SaaS企業に限られません。サーチファンドやマイクロPEが、黒字だが成長が止まったマイクロSaaSを取得し、経営と営業を再設計する動きが加速しています。日本政策投資銀行が関与するサーチファンドの事例でも、ストック収益と低チャーン率を持つVertical SaaSは最優先の投資対象とされています。

売り手側にとっても、この流れは現実的な選択肢です。生成AI対応やセキュリティ投資を単独で継続する負担は重く、適切なタイミングで統合されること自体がプロダクト価値の延命策になるケースも増えています。M&Aクラウドなどのデータを見ても、売却理由に「将来の開発投資への限界」を挙げるSaaS創業者は年々増加しています。

重要なのは、M&Aをゴールではなくプロダクト戦略の一部として設計することです。最初から統合される前提でAPI設計やデータ構造を整えておくSaaSは、買収後の価値創出スピードが速く、結果として評価も高くなります。SaaS統合を加速させるM&Aとロールアップ戦略は、もはや例外的な成長手段ではなく、市場の標準動作になりつつあるのです。

Vertical SaaSが生き残りやすい理由

Vertical SaaSが生き残りやすい最大の理由は、**業界固有の複雑さそのものが強力な参入障壁になる**点にあります。汎用SaaSが標準化と統合の波に飲み込まれる一方で、特定業界に深く根ざした要件は、短期的な模倣やAIによる代替が極めて困難です。

Gartnerの分析によれば、SaaS導入プロジェクトが失敗する主因の一つは「業務プロセスとソフトウェア標準の不一致」です。特に日本では、法規制、帳票文化、現場慣行が業界ごとに細分化されており、Horizontal SaaSでは対応しきれないケースが多発します。この“ズレ”を前提に設計されているVertical SaaSは、最初から業務にフィットするため、導入後の定着率が高くなります。

もう一つの理由は、**顧客のスイッチングコストが構造的に高い**ことです。Vertical SaaSは、業界特有のマスターデータ、過去の取引履歴、帳票フォーマット、監査対応ログなどを長期的に蓄積します。これらは単なるデータではなく、業務そのものの履歴であり、他社サービスへ簡単に移行できません。

観点 汎用SaaS Vertical SaaS
業務適合度 標準機能への業務側の妥協が必要 業界前提で設計され高い適合性
データの性質 汎用データ中心 業界固有・移行困難なデータ
解約リスク 価格・機能比較で上昇しやすい 業務停止リスクが高く低水準

さらに重要なのが、**AI時代との相性の良さ**です。Bain & Companyが指摘するように、AIの価値はデータの文脈理解に依存します。Vertical SaaSは、特定業界に特化したクリーンで一貫性のあるデータを保有しているため、汎用AIよりも高精度な業務特化型AIを実装しやすいのです。

例えば建設業向けSaaSでは、工程表、図面、写真、労務データが業界特有の文脈で結びついています。これを理解したAIは、単なる自動化を超え、進捗遅延の予測や是正提案といった“判断”まで担えるようになります。これは汎用SaaSでは実現しにくい価値です。

最後に、**M&A市場における評価の安定性**も見逃せません。DNX VenturesやDBJが関与する日本のサーチファンド事例でも、解約率が低く、特定業界でシェアを持つVertical SaaSは優良な買収対象とされています。成長率が高くなくても、安定したキャッシュフローと業界知見は、長期保有資産として高く評価されます。

Vertical SaaSは「狭い市場」を選んでいるのではなく、「深い価値」を掘り下げている点に本質的な強さがあります。

このように、業界特化による適合性、データの不可逆性、AI活用の優位性、そして資本市場からの評価という四層構造が、Vertical SaaSを大淘汰時代における最も生存確率の高いモデルに押し上げています。

新規事業として描くべき現実的な出口戦略

新規事業としてマイクロSaaSやVertical SaaSに取り組む以上、出口戦略は後付けではなく初期設計の一部として描いておく必要があります。**現在のSaaS市場では、IPOは例外的な成功パターンになりつつあり、現実的な出口の主流はM&Aや事業売却です**。BetterCloudやGartnerの分析が示す通り、統合は減速しているのではなく、買い手が「買うに値する資産」だけを厳選している局面に入っています。

重要なのは、出口の種類によって求められる事業の姿が大きく異なる点です。売却を前提とする場合、プロダクトの完成度以上に、買い手にとっての戦略的価値が問われます。例えば、大手SaaS企業にとっては、顧客基盤へのクロスセル余地や解約率の低さ、特定業界でのブランド力が評価軸になります。一方、サーチファンドやマイクロPEにとっては、安定したキャッシュフローと再成長の余地が最重要です。

想定される出口 主な買い手 評価されやすいポイント
トレードセール 大手SaaS・IT企業 既存プロダクトとの補完性、ARPU向上余地
ロールアップ売却 マイクロPE・SaaSアグリゲーター 安定収益、低チャーン、業務の標準化
事業承継型M&A サーチファンド ニッチ市場でのシェア、運営の属人性の低さ

日本市場では特に、後継者不在という社会課題が出口戦略を後押ししています。DBJが関与するサーチファンドの事例が示すように、黒字だが成長が鈍化したSaaSは「再生可能な資産」として強い需要があります。これは、創業者にとって完全撤退ではなく、事業の社会的価値を残す選択肢にもなります。

一方で、最も避けるべき出口は、戦略なきサービス終了です。AWSや国内大手企業ですら不採算サービスを終了させている事実が示すように、撤退自体は珍しくありません。しかし、**顧客データの移行先を用意せず、買い手も見つからない終了は、企業価値を一切残さない最悪のシナリオです**。オルツのAI GIJIROKUがRimoへの移行を用意したように、終了局面でも信頼を維持する設計が求められます。

出口戦略とは「いつ・誰に・どの価値を渡すか」を決めることです。成長戦略と同時に設計されていない出口は、ほぼ例外なく失敗します。

新規事業開発の現場では、プロダクトのKPIだけでなく「この事業は誰の戦略ピースになり得るのか」という視点を持つことが不可欠です。M&Aクラウドなどに掲載される案件情報を定期的に観察すると、どの規模・どの指標が市場で評価されているかが具体的に見えてきます。**出口を具体的に描ける事業だけが、この大淘汰時代を現実的に生き残ります**。

2025年以降を見据えたSaaS事業開発の指針

2025年以降のSaaS事業開発において最も重要な指針は、「作れるか」ではなく「生き残れるか」を起点に構想することです。生成AIと統合圧力により、SaaSはもはや増やす時代ではなく、選ばれ続ける時代に入りました。BetterCloudの調査が示す通り、企業が利用するSaaS数は減少に転じており、これは一時的な景気要因ではなく、構造的な需要の引き締まりを意味しています。

この環境下での第一の指針は、最初から統合される前提で事業を設計することです。単独で完結するSaaSを目指すのではなく、将来的にどのプラットフォームに組み込まれるのか、あるいはどの業務スイートの一部として機能するのかを明確に描く必要があります。Gartnerが指摘するように、企業ITは標準化と集約を強めており、独立性が高すぎるプロダクトほど調達対象から外れやすくなっています。

第二の指針は、UIではなくデータとAPIを競争軸に据えることです。Bain & Companyが述べるエージェント型AIの普及により、人が画面を操作する機会は急速に減少しています。今後のSaaSは、人ではなくAIに使われる存在になります。そのため、判断に耐えうるデータの品質、外部AIが安全かつ柔軟にアクセスできるAPI設計が、事業価値を左右します。

従来の判断軸 2025年以降の判断軸
UI/UXの使いやすさ AIが扱いやすいAPIとデータ構造
単機能の完成度 統合後に発揮される専門価値

第三の指針は、出口戦略を事業計画の初期に組み込むことです。日本ではサーチファンドやマイクロPEによるSaaS買収が現実的な選択肢として定着しつつあります。DNX Venturesや日本政策投資銀行の動向が示す通り、安定したキャッシュフローを持つVertical SaaSは、成長途上での売却や承継が前提となるケースが増えています。IPOのみを唯一のゴールに据える設計は、リスクが高すぎます。

最後に重要なのは、成果で価値を語れるかという視点です。HFS Researchが示す「Generative AI eats SaaS」という言葉の通り、機能提供型SaaSは急速に陳腐化します。2025年以降に求められるのは、業務を効率化したという説明ではなく、人手不足をどれだけ補完し、どの成果を代行したのかを定量で示せるプロダクトです。この視点を持てるかどうかが、新規事業としてのSaaSが次の10年に残るか否かを分けます。

参考文献