生成AIの活用が当たり前になりつつある一方で、新規事業開発の現場では「このまま海外AIに依存し続けてよいのか」という不安や違和感を覚えている方も多いのではないでしょうか。コストは増え続け、データは国外に流れ、競争優位の源泉であるはずの知見が自社に蓄積されにくい状況が続いています。

こうした課題の背景には、日本全体で拡大するデジタル赤字や、経済安全保障、データ主権といったマクロな構造問題があります。AIは単なるITツールではなく、国家や産業の競争力そのものを左右する基盤へと変貌しました。その中で今、世界各国が注目しているのが「Sovereign AI(主権AI)」という考え方です。

本記事では、新規事業開発の責任者・担当者の視点から、Sovereign AIとは何か、なぜ今これほど重要視されているのかを整理します。さらに、欧州・中東・アジアの先行事例、日本政府や国内企業の最新動向、実際のユースケースまでを俯瞰しながら、自社の事業戦略にどう結びつけるべきかを考えるためのヒントを提供します。AI時代における次の一手を見極めたい方にとって、確かな判断軸を得られる内容です。

Sovereign AI(主権AI)が注目される理由と時代背景

生成AIが急速に社会実装される中で、Sovereign AIが注目を集める最大の理由は、技術革新そのものよりも、AIを誰がどこまで支配・管理できるのかという問いが前面に出てきた点にあります。2023年以降、生成AIは単なる業務効率化ツールを超え、国家の競争力や企業の存続を左右する戦略資産へと位置づけが変化しました。

この変化を象徴するのが、経済安全保障と直結する「デジタル赤字」の問題です。野村総合研究所などの分析によれば、日本のデジタルサービス収支の赤字は拡大を続け、2025年には約6.8兆円規模に達する可能性があるとされています。**海外製クラウドや生成AIへの依存が進むほど、企業活動から生まれる付加価値が国外に流出する構造**が固定化されてしまいます。

観点 従来のグローバルAI依存 Sovereign AIの視点
経済面 利用料・ライセンス料が海外に流出 付加価値を国内に還流
法規制 他国法の影響を受ける可能性 自国法域で完結
事業継続 地政学リスクで停止の懸念 安定運用を確保

また、データプライバシーと規制環境の変化も大きな背景です。EUのGDPRをはじめ、各国でデータの保存場所や利用方法に対する規制が強化され、生成AIに入力した情報がどこで処理・再学習されるのかを企業が説明できない状況は、リスクとして許容されなくなりつつあります。**特に金融・医療・行政分野では、データ主権の確保が導入判断の前提条件**になっています。

さらに見逃せないのが、文化的・言語的な要因です。スタンフォード大学や国内研究機関の指摘でも、英語中心に学習された巨大モデルは、日本語特有の文脈理解や商習慣の解釈で誤りを起こしやすいとされています。これは業務上の非効率だけでなく、もっともらしい誤回答、いわゆるハルシネーションの温床にもなります。

このような状況下で、Sovereign AIは「すべてを国産化する」という思想ではなく、**重要なデータと判断領域を自らの管理下に置くための現実的な選択肢**として浮上しました。経済合理性、法規制対応、そして事業の信頼性を同時に満たすアプローチとして、国家だけでなく企業レベルでも不可逆的に関心が高まっているのが、現在の時代背景です。

デジタル赤字6.8兆円が示す日本企業の構造的リスク

デジタル赤字6.8兆円が示す日本企業の構造的リスク のイメージ

日本のデジタル赤字は、単なる国際収支上の数字ではなく、日本企業の競争力そのものを蝕む構造的リスクを示しています。民間調査や専門家の分析によれば、日本のデジタルサービス収支は年々悪化しており、2025年時点で約6.8兆円規模に達するとの試算もあります。この赤字の中核にあるのが、クラウド、OS、そして生成AIといった基盤デジタルサービスを海外プラットフォーマーに依存している現状です。

問題の本質は、支払い額の大きさだけではありません。**日本企業が日常業務や新規事業で生み出すデータや知見が、付加価値化される前に国外へ流出している点**にあります。AIのAPI利用料やサブスクリプション費用は一見すると経費に過ぎませんが、長期的には国内に蓄積されるはずだった学習データ、改善ノウハウ、エコシステム形成の機会を同時に失っていることを意味します。

野村総合研究所や経済産業省の議論でも指摘されている通り、デジタル赤字は「依存の固定化」を招きやすい構造を持っています。海外AI基盤に最適化された業務プロセスを構築すればするほど、乗り換えコストは上昇し、価格改定や提供条件変更の影響を直接受ける立場になります。これは新規事業において、収益モデルや成長スピードを自社でコントロールできないという致命的な制約につながります。

観点 海外AI依存が進んだ場合 国内基盤を併用した場合
コスト構造 為替・価格改定の影響を受けやすい 中長期で予測可能性が高い
データ価値 国外で付加価値化されやすい 国内で知見が蓄積される
事業自由度 ベンダー仕様に制約される 用途特化や差別化が可能

特に新規事業の文脈では、この構造的リスクが顕在化しやすいです。新規事業は初期段階では外部サービス活用によるスピードが重要ですが、事業が成長フェーズに入ると、データとAIモデルそのものが競争優位の源泉になります。その時点で基盤を握られていれば、利益率の改善や独自機能の実装が困難になります。

**デジタル赤字6.8兆円は、日本企業が「利用者」にとどまり続けた場合の将来像を先取りして示す警告**とも言えます。生成AI時代においては、AIを使うかどうか以上に、どこに価値が残る形で使うのかが問われます。この視点を欠いたままでは、デジタル化が進むほど日本企業の収益基盤は相対的に弱体化していくリスクが高まります。

新規事業開発の責任者にとって重要なのは、この赤字をマクロ経済の話として捉えるのではなく、自社の事業ポートフォリオに内在する「見えない流出コスト」として認識することです。そこに気づけるかどうかが、次の成長曲線を描けるか否かの分岐点になります。

Sovereign AIを構成するデータ・インフラ・モデルの三層構造

Sovereign AIを理解するうえで中核となるのが、データ・インフラ・モデルという三層構造です。これは単なる技術分類ではなく、どの層をどこまで自ら制御できているかによって、AI活用の自由度と事業リスクが大きく変わる設計思想です。新規事業の文脈では、どこに主権を置くかが競争力そのものを左右します。

第一層のデータは、Sovereign AIの価値源泉です。学習データや業務データがどの法域に置かれ、誰がアクセス権を持つのかは、事業継続性と直結します。米国のCLOUD法のように、データが海外クラウドにあるだけで他国法の影響を受け得る点は、経済産業省やOracleなども繰り返し警鐘を鳴らしています。特に金融・医療・製造業の知財データでは、国内法の下で管理されているかが前提条件になります。

主な管理対象 事業上の意味
データ 業務データ・学習データ 知財保護と法規制対応
インフラ GPU・データセンター コストと安定供給
モデル アルゴリズム・重み 差別化と説明責任

第二層のインフラは、スケールと安全保障の問題です。AIの学習と推論を支えるGPUやデータセンターが国内にあるかどうかで、地政学リスク、為替影響、レイテンシが変わります。IEAの分析では、AI向けデータセンターの電力消費は急増しており、インフラを自国で制御できない場合、価格高騰や供給制限がそのまま事業リスクになります。ソフトバンクやNTTが通信網と計算資源を統合しようとしている背景には、単なる性能競争ではなく、この主権確保の意図があります。

第三層のモデルは、最も見落とされがちな主権領域です。モデルの中身がブラックボックスであれば、なぜその回答に至ったのか説明できず、規制産業では致命的になります。スタンフォード大学などが指摘するように、説明可能性とバイアス管理は生成AIの社会実装に不可欠です。日本語や商習慣に最適化されたモデルを自ら調整できるかどうかは、海外モデルを使う場合でも重要な論点になります。

三層すべてを自前で持つ必要はありませんが、どの層を自ら支配しているかを明確にすることがSovereign AI戦略の出発点です。

新規事業開発では、差別化の源泉がどの層にあるのかを見極めることが重要です。データに強みがあるのか、低遅延インフラなのか、あるいは業界特化モデルなのか。この三層構造で整理することで、AIを単なるツールではなく、持続的競争優位を生む事業基盤として設計できるようになります。

経済安全保障とデータ主権が新規事業に与える影響

経済安全保障とデータ主権が新規事業に与える影響 のイメージ

経済安全保障とデータ主権は、新規事業開発の前提条件そのものを大きく変えつつあります。生成AIの活用が進む中で、単に技術的に優れているかではなく、どこでデータが保管され、誰の法域で管理されているかが、事業継続性や競争力を左右する時代に入っています。

特に日本では、海外デジタルサービスへの依存が拡大した結果、デジタルサービス収支の赤字が2025年に約6.8兆円規模に達するとの試算が示されています。経済産業政策や有識者の分析によれば、これは単なる会計上の問題ではなく、付加価値と意思決定権が国外に流出している構造的リスクだと指摘されています。

**新規事業において、データの所在と管理権限は「コスト」ではなく「戦略資産」として扱う必要があります。**

この文脈で重要になるのがデータ主権です。例えば米国のCLOUD法では、米国企業が管理するデータに対し、物理的な保存場所が国外であっても法執行機関がアクセスを要求できる可能性があります。金融、医療、製造業の研究データなどを扱う新規事業では、こうした他国法の影響を受ける設計そのものが、将来的な事業リスクになり得ます。

実際、野村総合研究所やOracleの整理によれば、データ主権は単なる「国内保存(データレジデンシー)」ではなく、アクセス権限、運用ポリシー、監査可能性まで含めて自国法で完結しているかが重要だとされています。この違いを理解せずにクラウドや生成AIを選定すると、後から事業モデルの修正を迫られるケースも少なくありません。

観点 従来の新規事業 主権重視の新規事業
データ管理 利便性・コスト優先 法域・統制を優先
主なリスク 価格改定・仕様変更 地政学・法規制
競争優位 スピード 信頼性・継続性

経済安全保障の観点では、AIやクラウドは半導体と同様に「戦略的インフラ」と見なされ始めています。日本政府が経済安全保障推進法の枠組みでAI基盤整備を支援しているのも、特定企業の成長支援ではなく、将来の産業競争力そのものを守る意図があります。

新規事業にとって重要なのは、この流れを制約として捉えるのではなく、差別化要因として活用する視点です。例えば、データが国内法の下で完全に管理されていることを前提にしたBtoBサービスや、規制産業向けの生成AIプロダクトは、海外プレイヤーが簡単に参入できない市場を形成できます。

世界経済フォーラムやIEAの議論でも、データとAIは国家競争力の中核に位置付けられています。経済安全保障とデータ主権を踏まえた事業設計ができるかどうかは、これからの新規事業が一過性の実験で終わるのか、長期的な柱に育つのかを分ける重要な分岐点になりつつあります。

欧州・中東・アジアに学ぶSovereign AI国家戦略の最前線

欧州・中東・アジアでは、Sovereign AIが単なる技術政策ではなく、国家戦略そのものとして位置づけられています。共通する背景は、米国ビッグテックへの依存が経済安全保障や産業競争力を左右しかねないという強い危機感です。ただし、そのアプローチは地域ごとに大きく異なり、そこに学ぶべき示唆があります。

欧州、とりわけフランスは「規制」と「育成」を両輪で進めています。EU AI法によってリスクベースの厳格なルールを敷く一方、国家投資でスター企業を育てています。フランス政府のFrance 2030ではAI分野に約22億ユーロが投じられ、Mistral AIのような生成AIスタートアップが急成長しました。欧州委員会が主導するAI Factories構想では、スーパーコンピュータをスタートアップや中小企業に開放し、計算資源の主権を域内で共有しています。欧州委員会によれば、計算資源へのアクセス格差を埋めることが、次世代産業の競争力を左右するとされています。

中東のUAEは、資本力を一点突破に使う極めて対照的なモデルです。アブダビの研究機関TIIが開発したFalcon LLMはオープンソースとして公開され、研究評価でLlama系モデルと競合する水準に達しました。さらに、ムバダラとG42が設立したMGXは約1,000億ドル規模の投資を掲げ、半導体からデータセンターまでを一気通貫で押さえにいっています。世界初のAI省を設置し、行政や法制度そのものにAIを組み込む姿勢は、Sovereign AIを国家運営のOSと捉える発想だと言えます。

アジアでは「言語と文化」が主戦場です。シンガポールは国家AI戦略2.0で、AIを経済成長の選択肢ではなく必須インフラと定義しました。東南アジアの多言語に対応するSEA-LIONモデルは、英語中心AIへの依存を減らす文化的防波堤として機能します。インドもBharatGPT構想で11以上の公用語に対応するモデル開発を進めており、巨大な国内市場と社会課題を起点に独自エコシステムを築こうとしています。

地域 中核アプローチ 戦略的狙い
欧州 規制と公的投資の両立 計算資源とルールの主権確立
中東 国家資本の集中投下 短期間での技術的存在感獲得
アジア 言語・文化特化 地域市場での実装力強化

これらに共通するのは、**Sovereign AIを「守り」ではなく「産業創出のレバー」として扱っている点**です。OECDや世界経済フォーラムも、今後はAIの性能差以上に、どの国家がデータ・計算資源・人材を自律的に循環させられるかが競争力を決めると指摘しています。新規事業の視点では、これらの国家戦略を単なる海外事例として眺めるのではなく、自社がどのレイヤーで価値創出に参加できるのかを見極めることが重要です。

日本政府の支援策とGENIACが果たす役割

日本政府は生成AIを経済安全保障の中核技術と位置づけ、半導体と並ぶ重要分野として支援策を本格化させています。その象徴が、経済産業省主導のGENIACです。GENIACは単なる研究助成ではなく、国内で生成AIを事業化できる実力を持つ企業を、計算資源という最大の制約から解放する政策装置として設計されています。

生成AI開発では、GPUを中心とした計算資源へのアクセスが競争力を左右します。世界では米国ビッグテックが自社クラウドを背景に優位性を築く一方、日本企業は資金力以前にGPU確保そのものが障壁でした。GENIACでは、NEDOを通じて政府が計算資源を一括確保し、審査を通過した企業に提供する仕組みを採用しています。

観点 GENIACの特徴 新規事業への意味
支援対象 スタートアップから大企業まで 規模に依存しない挑戦が可能
支援内容 GPU等の計算資源提供が中核 PoC止まりから実装へ前進
成果の扱い 一定条件下で共有を想定 国内共通基盤の形成

第2期の採択企業には、Preferred Networks、Sakana AI、ABEJA、ウーブン・バイ・トヨタなどが名を連ねています。注目すべきは、業界や用途が意図的に分散されている点です。これは政府が、単一の巨大モデルを育てるのではなく、用途特化型の生成AIが産業全体に波及するエコシステムを重視している表れといえます。

経済産業省の公表資料によれば、GENIACを含む計算資源整備支援には最大725億円規模の助成が決定されています。金銭補助ではなくインフラ供給に重点を置く点は、フランスやEUのAIファクトリー構想とも共通し、国際的にも合理的な設計です。

新規事業開発の観点で重要なのは、GENIACが単なる公的プロジェクトでは終わらない点です。開発されたモデルやデータセットは、国内の共有知として再利用されることが期待されており、後続企業にとって学習コストを下げる公共財になります。これは、海外プラットフォームへの恒常的な支払いを減らし、デジタル赤字是正にも寄与します。

GENIACは、日本政府が主権AIを理念ではなく実装フェーズに引き上げるための現実的なレバーです。計算資源というボトルネックを政策で外すことで、企業は初めて事業性や顧客価値に集中できます。この環境変化をどう活用するかが、今後の新規事業の成否を大きく左右します。

ソフトバンク・NTT・富士通・NECの主権AI戦略比較

ソフトバンク、NTT、富士通、NECの主権AI戦略は、同じ「国内主導」を掲げながらも、狙う競争優位と事業化の前提が大きく異なります。新規事業開発の観点では、各社がどのレイヤーで価値を取りに行くのかを見極めることが重要です。

まずソフトバンクは、**圧倒的な計算資源と通信網を武器にしたスケール戦略**を取っています。NVIDIAとの提携による国内AIスーパーコンピュータ構築や、AI-RAN構想により、全国の基地局を分散型AI基盤として活用する発想は、レイテンシが競争力を左右する領域に直結します。1兆パラメータ級モデルの開発表明は象徴的で、主権AIを「国家インフラ」に近いレベルまで引き上げようとする姿勢が見て取れます。

一方NTTは、**省電力・高効率という制約条件を前提にした現実解**を提示しています。軽量LLM「tsuzumi」は単一GPUでの推論を可能にし、電力制約が強まる日本において持続可能性を担保します。次世代通信基盤IOWNとの組み合わせは、ハードウェアレベルでの差別化であり、IEAが指摘するデータセンター電力問題への回答としても評価されています。

企業 主戦場 戦略の核 新規事業視点の示唆
ソフトバンク インフラ・通信 超大規模・分散AI リアルタイム系サービスとの親和性
NTT 通信・研究 省電力・高効率 コスト制約下での横展開
富士通 エンタープライズ 信頼性と透明性 規制産業向け事業創出
NEC 公共・産業 オンプレミス回帰 高機密領域での差別化

富士通は、**企業導入を前提にした「信頼できる主権AI」**を追求しています。Kozuchiに組み込まれたAIトラスト機能や、理研と連携したFugaku-LLMの公開姿勢は、ブラックボックス化への懸念に応えるものです。金融機関での実証事例が示すように、説明責任と日本語精度を両立できる点は、規制産業向け新規事業の基盤になり得ます。

NECはさらに踏み込み、**オンプレミスという選択肢を明確に提示**しています。cotomiをサーバーごと顧客環境に置くモデルは、CLOUD法など他国法域リスクを避けたい自治体や製造業に刺さります。完全なデータ主権を提供できる点は、クラウド前提の競合との差別化要因です。

この比較から見えるのは、主権AIが単一の正解を持たないという事実です。**規模で勝つソフトバンク、効率で応えるNTT、信頼で選ばれる富士通、完全統制を提供するNEC**。新規事業開発者は、自社の顧客がどの主権レイヤーを最も重視するのかを起点に、最適なパートナー像を描く必要があります。

電力制約と省エネAIが競争力を左右する理由

生成AIの競争力を語る上で、いま最も見過ごされがちな制約が電力です。IEAや世界経済フォーラムの分析によれば、AIとデータセンターの電力消費は急増しており、2030年には世界全体で日本の年間総電力消費量に匹敵する規模に達する可能性が示されています。計算資源の確保は、同時に電力資源の確保競争でもあるという現実が、新規事業の成否を左右し始めています。

特に日本は、エネルギー自給率が低く、送電網や立地の制約も大きい国です。そのため、米国のように巨大データセンターを無制限に増設する戦略は取りにくく、「どれだけ賢く電力を使えるか」そのものが競争優位の源泉になります。この文脈で注目されているのが、省電力性能を重視したAI設計へのシフトです。

観点 巨大モデル中心戦略 省エネAI戦略
電力消費 学習・推論ともに極大 用途特化で大幅削減
インフラ依存 大規模DC・GPU集中 分散配置・エッジ活用
事業継続性 電力制約の影響大 制約下でも運用可能

具体例として、NTTの軽量LLM「tsuzumi」は、70億パラメータ規模に抑えつつ、日本語業務で実用十分な精度を実現しています。単一GPUでも推論可能である点は、電力コストと設備投資の両面で大きな意味を持ちます。NTT自身も、次世代通信基盤IOWNとの組み合わせにより、ワット当たり性能を競争力の軸に据えています。

さらにSakana AIが提唱する進化的モデルマージは、ゼロから学習する際に発生する莫大な電力消費を回避するアプローチです。既存モデルを組み合わせて性能を引き上げるため、電力制約が厳しい環境でも高速な仮説検証と事業化が可能になります。これは資源制約国に適した戦い方として、国際的にも高く評価されています。

新規事業開発の視点では、電力制約は単なるコスト問題ではありません。電力を前提にした設計思想そのものが、参入障壁や差別化要因になります。今後は「高性能かどうか」ではなく、「限られた電力で価値を生み続けられるか」が、AI事業の持続的競争力を測る基準になっていきます。

医療・金融・創薬に広がるSovereign AIの実践ユースケース

医療・金融・創薬といった高付加価値かつ高規制の領域では、Sovereign AIは理念ではなく、すでに実務上の要請として導入が進んでいます。共通する背景は、個人情報や機密データを国外の法域に晒さず、かつ説明責任を果たせるAI基盤が不可欠だという点です。

医療分野では、電子カルテや診療記録といった極めてセンシティブなデータを扱うため、オンプレミスや国内閉域網で完結するAI活用が前提になります。NECと東北大学病院の取り組みでは、日本語に最適化されたLLMを用いてカルテ記載や要約を支援し、医師の事務作業時間削減に寄与しています。**患者データを外部に出さずに生成AIの恩恵を受けられる点**が、Sovereign AIの価値を端的に示しています。

金融業界でも状況は同様です。富士通が北陸銀行や北海道銀行と進めた実証では、行内規程の検索や稟議書作成を生成AIが支援しました。金融庁ガイドラインや内部統制を前提とするため、ハルシネーションの抑制と根拠提示が必須条件となります。富士通のKozuchiはRAGを組み合わせることで、**回答の出所を明示できる設計**を採用しており、ブラックボックス化しやすい海外モデルとの差別化につながっています。

分野 主な用途 Sovereign AIが選ばれる理由
医療 電子カルテ作成・要約 患者情報の国内完結と法規制遵守
金融 規程照会・稟議支援 説明責任と監査対応の容易さ
創薬 化合物探索・分子設計 知財流出リスクの最小化

創薬分野では、Sovereign AIは競争力そのものに直結します。Preferred Networksは、AIを用いた候補化合物の初期スクリーニングを高速化し、従来より短期間で有望分子を抽出できることを示しています。学術論文や製薬業界の分析でも、AI創薬は探索フェーズの期間短縮とコスト削減に有効であると報告されています。**ここで重要なのは、研究データや分子設計の知見が国家・企業の知的資産である点**で、Sovereign AIはそれを守るための基盤となります。

これらの事例が示すのは、医療・金融・創薬では「最高性能の汎用AI」よりも、「規制・言語・業務文脈に最適化された管理可能なAI」が価値を持つという事実です。世界的にも、OECDや主要研究機関は高リスク領域におけるAIの透明性とデータ主権の重要性を繰り返し指摘しています。Sovereign AIは、この要求に応える現実的な解として、今後さらに適用範囲を広げていくと考えられます。

新規事業開発担当者が取るべきSovereign AI活用の視点

新規事業開発担当者がSovereign AIを捉える際に重要なのは、技術トレンドとしてではなく、事業の自由度と継続性を左右する戦略変数として扱う視点です。生成AIは便利な外部サービスとして容易に使えますが、その裏側でデータ、コスト、意思決定権がどこに帰属しているかによって、数年後の事業価値は大きく変わります。

特に新規事業では、初期フェーズでの技術選定が将来のロックインを生みやすいです。海外AIプラットフォームへの全面依存は、短期的には開発速度を高めますが、API価格改定、利用規約変更、地政学リスクといった外生変数に事業の生殺与奪を委ねる構造になります。経済産業省や野村総合研究所の分析によれば、デジタルサービスの海外依存は日本企業の付加価値を国外に流出させる主要因とされています。

そのため担当者は、どの機能を競争優位の源泉として内製・主権化すべきかを事業構想段階で見極める必要があります。顧客データ、業務知識、日本語特有の文脈理解が価値の中核になる場合、Sovereign AIの採用はコストではなく投資になります。

観点 グローバルAI依存 Sovereign AI活用
初期開発スピード 非常に速い やや遅い
中長期コスト 不透明・変動大 予測可能
データ・知財の統制 限定的 高い
事業継続リスク 外部要因に依存 自社で制御可能

また、Sovereign AIは「すべてを国産で賄う」という極端な選択ではありません。Oracle AlloyやAWSのデジタル主権対応のように、データの所在と管理権限を国内に置いたまま先端技術を使うハイブリッド型の設計も現実解として広がっています。金融や行政で採用が進んでいる事実は、新規事業においても十分に参考になります。

IEAが指摘するように、AIは電力制約という現実的なボトルネックも抱えています。ここで重要なのが、NTTのtsuzumiやSakana AIの軽量・効率型モデルに代表される「小さく賢く使う」発想です。事業要件に過剰な性能を求めない設計は、収益性とサステナビリティの両立に直結します。

新規事業開発担当者にとってのSovereign AI活用の本質は、AIを使うか否かではなく、将来の選択肢を自らの手に残せるかという一点にあります。この視点を持つことが、数年後に事業を拡張できるか、外部環境に振り回されるかの分岐点になります。

参考文献